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2004/08/16

憲法改正無理論

今回は自分でコメントした石臼挽き茶葉の旨み: 憲法9条から憲法9条に関して私の論を展開したいと思います。

さて、そもそも憲法第9条というのは、どういう意味かというと、軍隊持たない、交戦しないというわけですから、究極の平和思想です。すなわち、「鉄砲を撃たれたら、甘んじて撃たれる」という考え方です。そういう意味でいくと、今護憲、護憲、と言っている党といえども、例えば共産党も自衛隊を認めているわけですから、この究極の平和思想を持っているとは考えられません。つまり、真の護憲はすでに絶滅したと言えると思います。国民の中でも、さすがにこの究極の平和思想を持つ人は多くはないでしょう。
 
では多くの日本人が持つ意識といえば、他国を侵略することは絶対にしてはならないということと、もし、攻められるようなことがあれば守ろう、すなわち「鉄砲を撃たれた時だけ、撃ちかえす」という考え方でしょう。
 
そんなことを踏まえた上で、なんで今、憲法改正をしなければならないのでしょうか。理由は、1、自衛隊の存在の根拠が欲しい。2、海外派兵のための根拠が欲しい。この2つが挙げられると思います。とりあえず、2、はまた次の機会として、上で挙げた日本人の意識を元に1、について憲法を変えてみましょう。

まず自衛隊をどう定義しましょうか。これは”自衛のための軍事力”としましょうか。また交戦権に関しては、”自衛のための交戦を認める”としましょう。これなら、一見、誰でも賛成してくれそうですが・・、しかし、かなり問題がありそうです。まず、自衛とは何かを定義しなければ、この条文は成り立ちません。昔はソ連の船舶或いは航空機による侵略が想定されていましたから、自衛ということを深く考える必要はありませんでした。しかし、現代は、ミサイルやテロによる攻撃がありえます。北朝鮮からミサイルが飛んできたら、自衛することができません。そうすると北朝鮮にいって爆撃しないといけませんから、自衛のためには爆撃機もいるし場合によって航空母艦もいるし、或いは日本も北朝鮮を目標としたミサイルが必要になります。さらにミサイルが落ちてからでは遅いという考えに立てば、先制攻撃も自衛手段ということになります。
そうすると、明らかな侵略戦争が、自衛という大儀の元行われるかもしれません。朝鮮半島の安定が日本の自衛のために不可欠であるなんて言い出したらどうしましょう。正直何とでも言えると思います。こんな自衛という言葉を使った改憲は、今の国民の意思からすれば「ざる憲法」といわざるを得ません。百歩譲って、とんでもない侵略戦争を起すことは無いとしても、結局解釈の論争が起きますから、何のために憲法を変えたのかわからないような気がします。
 
私としては、改憲に反対ではありません。場合によっては先制攻撃してもらわないと困ります。しかし、気を付けないと上記のように歯止めがかかりません。歯止めがかからないのであればむしろ今の9条の方がいいと思っています。どなたか明快で、しかし歯止めをかけることができる名文を提案してください。護憲を唱える方、むしろ厳格に歯止めをかけることができる改憲を提案した方が意思に合うのではないでしょうか。

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コメント

TB有り難うございます。

如何なる憲法であっても、その「解釈」次第で意味が変わってくるというのは事実だと思います。
本来、その「解釈」について一定の歯止めをかけるべき役割を担っているのが最高裁判所だと思うのですが、日本では司法消極主義により、残念ながらあまり機能していないのが実情でしょう。

なぜそのような状況にあるかというと、日本では「政府から憲法を勝ち取った」という歴史が無いことなどもあると思いますが、憲法に対する人々の意識が薄いことが一番の問題だと感じています。
9月号の「世界」(岩波書店)に、「憲法裁判所導入論の矛盾を問う」という興味深い記事が掲載されていました。機会があれば、是非ご覧下さい。

投稿: hiro32 | 2004/08/19 21:35

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