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2005/01/31

過去記事集をつくりました

 「彰の介の証言」をご愛顧いただきましてありがとうございます。この度、過去記事を独自のカテゴリーに分け、表題を一覧表示した、
「彰の介の証言 道しるべ」というページを開設いたしました。月別のバックナンバーや、カテゴリーでも過去記事を見ていただけるとは思うのですが、表題を一覧表示することで、より過去記事を見ていただける機会が増えるのではないかと考えております。何分、素人がやったことですので、極めて美しくなく、見にくいところもありますが、左のサイドバーにもリンクをはりましたので、ぜひご活用下さい。
 記事を一通り読み返して見ますと、我ながらよく書けているものもありますし、中身がちゃらんぽらんのものもたくさんあります。そのあたりはご愛嬌ということで・・・ご勘弁ください。(今のところ、一部のシリーズ記事を除いて、平成16年12月2日分までまとめてあります。)

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2005/01/30

NHK番組改変問題(イデオロギー論、私見)

 なんだかんだありましたが、なんか、うやむやなうちに落ち着きつつあるように感じられるNHK番組改変問題です。まだ、これから波乱があるといけないので、このあたりで小まとめをしておこうと思います。
 もしかすると今回の問題、実は登場人物のうち、誰も嘘はついていないかもしれないということに気付きました。誰も嘘をついていないというのはどういうことかというと・・・、まずは涙ながらに政治的圧力を受けたと話したプロデューサー。自分が作ろうとした番組をぎりぎりまで削られ直されされたわけですから、きっと政治的圧力を感じたのでしょう。政治的圧力を感じたんだから仕方がない、圧力を感じたこと自体は別に嘘ではないでしょう。さて、そんな圧力はなかったというNHKの上司、この方達の話によれば、政治家の方々にあらかじめ番組内容について説明するのは通常業務の範囲だそうなので、政治家から「公正中立に」と言われ、それを部下に実行させることに関して政治的圧力という認識はなかったのでしょう。さてさて、政治的圧力をかけたという二人の政治家ですが、この方々も同様のことが言えそうです。別に番組についてご機嫌伺いに来るのは通常業務とのことですし、番組に対して意見することもおそらく通常のことなんでしょうから、圧力という認識はやっぱりなかったんでしょう。今更圧力と言われても・・・って感じでしょうか。そして、最初に報道した朝日新聞ですが、ここは肝心な証拠を公にしていませんから、世間では捏造報道とまで言われています。この証拠を出さないということで、大幅に減点ですし、結論ありきの取材があったことはおそらく間違いないでしょうから、捏造といわれても甘んじて受けなくてはならないでしょう。しかし、私見としては、当の番組プロデューサーが圧力を感じているんですから、そのことに対する問題提起という意味においては、陰謀とか捏造とまでは言い切れないのでは?という意見です。つまり、圧力をかけたつもりのない人から見れば、捏造でしょうが、圧力を受けたと感じている人から見れば決して捏造とはいえない、要するに問題提起というわけです。朝日新聞の報道に点数をつければ30点程度ですが、0点ではないでしょう。結局のところ、政治的圧力というものの定義がそれぞれ違うわけですから、いつまで経っても堂々巡りするのは当たり前と言えば当たり前かもしれません。
 今回、問題を複雑にしているのが、番組内容がイデオロギー的な問題であり、読売新聞の様に、番組内容がおかしいのだから、改変しても当然とする意見があることです(新たなNHK問題(読売の社説))。私は、もう一度この問題について、つまりこのイデオロギー的な部分をよ~く考えてみました。すると、確かに人間たるもの、ましてや政治家たるもの、ことイデオロギー論に関して、自分の意見とかけ離れた意見が出された場合、ついつい一言申し上げたくなるのは当たり前です。それはなぜかと言えば、誰しも自分のイデオロギー論こそ真の中立(真に正しい考え方)だと信じているからです。だから、安倍さんが、あの番組に対して「公正中立に」と忠告したこともよく理解できます。よく理解できるのですが、しかし、安倍さんの言う公正中立は安倍さんのイデオロギーに基づく公正中立であって、真の公正中立かどうかは誰も(神様しか)判断できません。例えば、右よりの番組が計画されたとき、安倍さんが、「もっと左の意見も入れるように」などと忠告することはありえないわけです(笑)。個人のイデオロギーに基づく公正中立が、真の公正中立でないかもしれないというのはそういうことです。極左は左端が、極右は右端が世の中の中心と考えているわけですから。ただし、NHKが政治から完全に独立していれば、公正中立かどうかに関係なく、各個人が一意見を言うことなど本来全く問題ないはずです。しかし、今回、NHKが政権与党に事前に番組内容を説明することが、通常のことだと言うのですから、これは問題です。つまり、「政権与党のイデオロギー=NHKの番組の公正中立」というのを認めてしまうことになります。例えば、安倍さんと180度イデオロギーの違う人たちが政権与党になったとします。この人たちが、NHKの番組に対して、自分たちのイデオロギーを基に「公正中立な報道をしろ」とNHKに忠告したとしたら、きっと安倍さんはその行為を「政治的圧力」と感じるに違いありません。しかし、自分のした行為は公正中立にといったまでで、圧力ではない・・・、と思っているわけで所詮イデオロギー論とはそんなものなのでしょう。私は、上の理由から、制度的にNHKが政権与党に近しくなるのが避けられないのであれば(それはそれで問題ですが)、余計に今回のような、放送前の番組への忠告は慎重であるべきだと考えます。それは、議論を相当にオープンにしないと政治的圧力と、とられてしまうからです。また、よくよく考えてみれば今回の番組内容がちょっとおかしいのではないか?と今現実に、読売の問題提起のように議論できているわけですから(いろんな意見を見る限り、あの番組内容を鵜呑みにし感化された人を見ていないのですが・・・)、あえて、放送前の公正中立との忠告は必要だったんでしょうか。そう考えると、公正中立が目的というよりは、自分の意見と合わないことは放送するな!とも取られかねないわけで、さらにさらに、慎重でなくてはならないと私は考えます。
 今回もまとまりのない私の記事をお読みいただきありがとうございました。ご批判甘んじてお受けいたします。

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2005/01/29

ねじれ政治いつまで・・・

 小泉政権といえば、郵政民営化です。というか、小泉さんといえば、郵政民営化で、総理大臣になる前からそんなことをおっしゃっていました。現在、国民の多くは、郵政の民営化については随分冷ややかなようです。多くの意見は、まずやってほしいことが別にある・・・、景気対策とか、雇用問題とか、教育問題とか、NHK問題とか・・・、最後のはないか(笑)・・・という意見のようです。
 私個人的には、郵政の民営化はぜひやってもらいたい政策の1つです。郵貯や簡保のことは素人の私にはよくわかりませんが、郵便局が民営化されることにより得られるメリットは少なからずあるのではないかと想像してしまいます。それは、国鉄や、電電公社の成功を見てきた私にとってはどうしてもそう思ってしまうのですが。まあ、あくまで想像の世界ですし、賛否両論あるのは仕方ないかもしれません。
 それにしても、道路公団の問題でもそうでしたが、この郵政の問題も、反対しているのは小泉さんのお膝元の自民党から出ています。道路公団のときは抵抗勢力なる言葉が流行しましたが、今回の郵政民営化反対は、国民からも関心をもたれていないためか、悪い意味での抵抗勢力なる言葉も出てきません。しかし、私が以前から疑問に思っていることは、何で全く相容れない政策を掲げている人物を、政党の総裁にいただいているのかということです。総理大臣とそのお膝元であるはずの政権与党と意見が違う、こんなねじれ政治が小泉政権発足以来ず~と続いています。これが全く理解できません。自民党の皆さんも、小泉政権も二期目なんだから、いい加減いやだったら、総裁から引きずりおろすなり、自分自身が自民党飛び出すなり何でもできるはずです。何でしないんでしょう。ついでに言うと、小泉さんは自民党をぶっ潰すっていってたんだけど、あれどうなったんでしょう。
 な~んていいつつ、このねじれ政治の原因はなんとなく想像がつきます。それはなんだかんだ言っても小泉さんは人気があるわけで、選挙で当選するため、選挙に勝つためには小泉総裁は必要なわけです。しかし、当選してしまえばもう知らない、一転反旗をひるがえし、自身の政策を訴える・・・・、こんな感じでしょうか。選挙で投票する人たちは、小泉さんへの応援票を投じようとすれば、政策に関係なく自民党員あるいは自民党への比例票となるわけです。そうすると小泉さんを応援したつもりが、実は反対派を多数当選させることになっちゃった・・・ということもあったでしょう。野党はどうなんでしょうか。野党は、実は小泉さんの掲げた改革に賛成の部分も多かったと思います。私は当初から、反小泉ではなく、反抵抗勢力路線で行くべきでなかったかと思っていました。ところがやっぱり野党は野党、反対党(とにかく反対する)の伝統を壊すことができず伸び切れないというかんじでしょうか。当の小泉さんはどうでしょう。残念ながら小泉さんに、自民党をぶっ壊す力(ちから)はないようです。改革を唱えつつ、うちでは、なーなー政治・・・、まだ当分、掛け声だけで前に進まない、ねじれ政治は続きそうです。
 ということで、今回はちょっと季節外れっぽい政治ネタを取り上げてみました。季節外れっぽいって言うのも、「彰の介の証言」らしくてたまにはいいでしょう。今回も無駄にお読みいただきありがとうございました。(その時歴史は動いた風にしてみました)

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 追加記事:このところ本気で忙しくて、なかなか記事が更新できません。しかも、これからさらに忙しくなる予定で、正直今後どうなるかわからない状態です。なんとか週に2~3更新を目標にしたいですが、週刊か隔週か、はたまた月刊になってしまうかもしれません。そんな状態でも、ぜひともご愛顧のほどをよろしくお願いいたします。
 
 予告:今後の無駄ブログ記事ネタ予定:「NHK番組改変問題(小まとめ)」「無駄論的明治維新」「旬のハイビスカスがついに落葉?」「黒い巨塔」・・・ 等(すべて仮称、順不同、途中時事ネタや季節外れネタが入る可能性大)。

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2005/01/23

ワープロ症候群

 忙しい日々が続いております。なかなか更新できません。こんな不定期の無駄なブログですが、今後もよろしくお願いいたします。さて、本日はワープロ症候群についての考察です。
 ワープロ症候群、そんな病気があるのかないのか知りませんが、私が、勝手に名前をつけました。それは、大学の講義で、とある教授が黒板に文字を書いているとき突然、ものすごく簡単な漢字が書けなくなり、「あれ?、漢字でどう書くんだっけ?」と生徒に聞いていたことがありました。「最近、ワープロ使っているから漢字が書けなくなっちゃいました」なんて言い訳していましたが、これ、私が経験したワープロ症候群の第一例目です。要するに、文字を書くとき、手書きでなくワープロに慣れてしまうと、漢字への変換を自動でやってくれるので、いざ、手書きしようと思うと簡単な漢字すら書けなくなっているという状態ですね。当時はまだワープロが世にでてそれほど経ってはいませんでしたので、一般庶民には関係ない話でしたが、現在はどうでしょう。私はかなりこのワープロ症候群の症状が出てきています。世間でもレポートの部類はワープロでってのが多いでしょう。それに携帯のメールだ、ネットだ、チャットだなんて、手書きする機会はどんどん減ってますよね。だからどんどん漢字が書けなくなってしまっています。もちろん、このブログも手書きでは書いておりません(笑)。私は職業柄やぶ医者をやっていますが、我々の世界でも、電子カルテなるものが出て参りました。現在勤めている病院のカルテは手書きですが、心なしか、私の書いたカルテの中身は、チャラい英語とひらがなが多くなったような気がします・・・。これはブログ中毒に伴うワープロ症候群の症状かもしれません。ワープロ症候群、すなわち、この漢字が読めるけど書けないという状態が、今後我々に何か致命的な異常を引き起こさないことを祈るばかりです。
 ワープロ症候群と直接は関係ないのですが、逆ワープロ現象とも言えることがネットの中で起きていることに、最近気付きました。それは、読めない漢字がいたるところで見られるということです。この読めないというのは、知識がないから読めないわけで、正直、恥ずかしくてなかなか言い出せなかったのですが、要するに、普段なら決して漢字で書かないような言葉も、ワープロを使えばキーをポンと押すだけで変換してくれるので、かなり難しい漢字もまるで知っていたかのように表現できてしまうということです。例えば「胡散臭い」。こんな漢字全く書いたことありませんが、「うさんくさい」と入力して、スペースキーをポンとやると「胡散臭い」になるわけです。はっきりいって初めて見たときは読めませんでしたね。最近だと「煽る」。この漢字、読めなくはありませんが、普段書いたりはしません。ひらがなで「あおる」と書くと思います。かなりお恥ずかしい部類かな?と思ったのは「晒す」。某KT氏が「顔を晒さないで文句だけ言う」なんて使ってますが、私これが読めない。「さらす」と言われればああそうか!と思わなくもないですが、間違っても漢字では書かないと思います。まあ、これを国語力のなさと言われれば、全く返す言葉もないわけですが、そうは言いつつ、皆さんはネットとか見てて、読めない漢字とたくさん出会っていないかな?と思った次第です。
 そんなことで、今までのこの「彰の介の証言」のエントリー記事の中では、変換できる漢字を敢えて、ひらがなで表記することもありました。読み手をばかにしている!なんていじめないでください。だって「苛める」なんて、読めないし、そもそも書けないですから・・・・。

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2005/01/20

笠松競馬が・・・

 私の地元の笠松競馬がおとりつぶしになるようです(涙、このニュース)。はっきり言ってショックです。私が今東京にいなかったら、地元で「彰の介の乱」を起すところです。
 笠松競馬の輝かしい歴史をこれにて終りにするなんて、地元の関係者の気持ちが知れないです。昔はよかった~、コースの中は畑で、よくねぎとかつくってあったと思います。よくバックストレートに馬群がさしかかると、急にスピードが落ちて・・・・・、おいおい、八百長バレバレや・・・・なんてうわさもありました・・・・・。オグリキャップの奇跡もありました。ライデンリーダーの鮮烈もありました。現在、安勝(安藤勝己ジョッキー)の大活躍があります。

あ~、何でなくなるんだ~!
黒字にできる経営って言うのは本当にないんでしょうか?。ライブドアーの件はどうなったんでしょう?。もしかしておとりつぶしありきの話じゃなかったんでしょうね?。再建策なんて何も考えちゃいないんじゃないでしょうね。もしそうなら、本気で乱を起すか!。
「2005年、彰の介の乱、撃沈!、切腹!」
ダメだこりゃ。

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2005/01/16

新たなNHK問題(読売の社説)

 NHK問題の続編です。
 前回、新たなNHK問題では、今回問題とされている報道への政治家の関与の真偽はともかく、よく考えてみれば政治家の介入は相当に慎重でないといけないのでは?と感じたことと、NHKの対応があまりにもあっさりしていて、またしても浄化のチャンスを逃そうとしている?ということを考えてみました。
 ところで、1月15日の読売新聞に[NHK番組問題]「不可解な『制作現場の自由』論」という社説が載りました。これがまた、読んでみると私的には視点がずれてないか?という疑問に襲われました。ブログ上でも同様な議論がされてるところもあり、私の意見を述べたいと思います。読売の社説は転載不可って書いてあるので、断片だけこのブログに書いてみます。御疑念の方は本物の新聞を見てみてください。(しばらくはここで読めると思います)。
 まず、この社説の冒頭は、おそらくこの社説の主旨だといいたいと思われる文章から始められています。

公正な放送のために、NHKの上層部が番組の内容を事前にチェックするのは、当然のことではないか。
そして、放送法三条で
「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」なども求めている。
ということを掲げたうえで
放送局の編集責任者は、現場が制作する番組の内容がこれに反する場合、政治家に指摘されるまでもなく、是正しなければならない。
と論じています。そして放送内容について、
「女性国際戦犯法廷」では、昭和天皇が「強姦(ごうかん)」の罪などで起訴され、有罪が言い渡された。 このような性格の「法廷」の趣旨に沿った番組が、「制作現場の自由」としてもしそのまま放送されたとすれば、NHKの上層部はあまりに無責任、ということになる。
と述べられ、バランスの取れた報道をするのがNHKの責務と結んでいます。

 冒頭の文章に関しては、別に問題はないと思います。つまり、NHKの上層部が、放送内容に関して一切口出しができないなんてありえないでしょう。ただし、その後の論点が、今回告発したプロデューサーの訴えと合致しているかどうかが問題です。このプロデューサーは、ただ、自分のつくろうとした番組を上層部に改変させられたということを訴えていたわけではないでしょう。あくまで、政治的介入に基づいた上層部の改変指令があったことを問題としていたはずです。ところが、この社説では、政治的圧力の有無の話は全く無視されています(全体の事実関係は一部不明としているだけ)。結論から言えば、「放送内容に問題があるのだから、改変されて(して)当然」ということが言いたかったわけで、明らかにこのプロデューサーの政治的圧力に対する訴えからみると問題のすり替えに他なりません。要するに私の言いたいのは「政治的介入によって番組が改編されたかどうかという問題」と、「番組の内容に関する問題」とは全く別問題だということです。私が感じている論点のずれはそこにあるのです。つまり、番組の内容に問題があれば、陰でこそこそ政治家が報道に圧力をかけても正当化されるんでしょうか?。私は全く正当化されないばかりか、そんなことをすれば北朝鮮の報道と同じだと考えているわけです。行き過ぎれば言論弾圧、思想統一につながることですから、私が政治家なら、言論弾圧と取られないように細心の注意を払ったうえで、オープンに議論しなければならないと考えるでしょう。
 深読みすれば、番組内容が問題→番組の改変は当然という論調は、暗に、そこに政治的介入があったとしても問題なしというふうにも取れます。この社説で政治介入の問題を逆に無視しているところをみると、むしろ圧力を加えたかもしれない、安倍、中川両氏に対するエールともとれます。そんな私の被害妄想的憂いがまさか当たっていたとしたら、利害が一致すれば、同じ報道機関であるのにもかかわらず、政治介入を許すっていうなんとも恐ろしい話になりますね・・・。
 あと、意見対立があれば、多角的に見なければいけないとすれば、この読売の社説もややバランスを欠いているようにも見えなくもないのは私だけでしょうか?

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2005/01/15

新たなNHK問題

 NHKにまた問題が起きましたね。
 4年も前のことらしいのですが、旧日本軍の従軍慰安婦問題を扱う番組(私は見ていないので中身は知りません)に対して、自民党の安倍、中川両氏が政治的圧力を加えていたと、NHKのプロデューサーが記者会見で語りました。その話自体は、事実の程はわかりませんが、さもありなんという内容です。
 まず改めて考えさせられたのは、政治家と報道の関わり方です。政治家は当然自分なりのポリシーを掲げているわけですから、自分の主張と食い違う報道がされてしまったら、文句を言うのも当然ありでしょう。そして、報道が正しかったのか、その文句を言った政治家が正しかったのか、国民が判断すればいいわけです。しかし、今回の話が本当だとすると、放送前に裏で圧力が加えられ、番組が改変されたということですから、国民には全く判断の余地が与えられません。これはかなり問題でしょう。そう考えると、政治家たるもの、報道各社の報道方針などへの口出しは、相当に慎重でなければならないということに気付きました。報道された中身そのものを、場外乱闘で国民の見えるところでバトルするのは全く問題ないと思います。しかし批判が報道を発信したこと自体に向けられれば、末は大本営?、いやいや、現在の北朝鮮みたいな報道への道を歩むことになっちゃいますから・・・。実にヒニク?ですが・・。まあ、これは政治家の資質の問題といえるでしょうか。
 それよりもびっくりしたのは、すぐに発表されたNHKの見解です。すぐさま、「番組に圧力はなく、圧力に屈した番組の改変は行われなかった」むねのことが発表されました。要するに、何の迷いもなく、このプロデューサー切りに出たということでしょう。巨大組織の中で、たった一人のご乱心プロデューサーを切ればすむ話ですから、確かに最も簡単で効率的な方法といえばそうでしょう。しかし、世間では、程度の問題こそあれ、この報道に何らかの圧力があったと感じていると思います。ですから、このプロデューサー切りが、世間からのNHKに対する印象をさらに悪くするかも(自浄能力なしという印象、時期も時期ですし)・・・位のいやらしい迷いはなかったんでしょうか。ついでに言えば、この乱心プロデューサーをうまく使えば、NHKの人気回復に使えるかもなんていうこれまたいやらしい発想もでなかったんでしょうか。うむうむ、ちょっと、うがった書き方をしてしまいましたが、本音を言えば、このプロデューサー切りは「NHKが相当に腐っている」か、「NHKへの政治介入が相当に強いか」どちらかの証明です。それをあっという間に示してしまったのですから・・・正直あれあれという感じです。受信料問題ではNHKのかたを持ってきた私ですが、ますます立場がなくなってしまいましたかね・・・。困っちゃいます。
 NHKの未来は暗いかも。でもせっかくくさびが入ったのですから、くさびを打ちつける力が生まれることを期待してやみません。私の意見に批判的な方も多いと思いますが、甘んじてお受けいたします。
 この記事は週刊!木村剛: [週刊!神部プロデューサー] どうなるのかなあ。NHKへトラックバックいたしました。

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2005/01/13

水虫のこと

 私は忙しいという言葉が嫌いなのですが、このところ、いろいろあって全然更新できませんでした。当初、春頃からは忙しくなると思っていたのですが、もうすでにテンパリ状態です。このブログがネットのゴミとなる日も近い?かもしれません。更新できる日はがんばって記事書きますので、今後もよろしくお願いします。
 本日は、若かりし日の恥ずかしい話。とても今私がやぶ医者をやっているとは思えない話を、特別に公開いたします。心して、読まれることを望みます。
 それは、私が某大学の医学生だった頃・・・、皮膚科の外来実習のこと。皮膚科にはいろんな患者さんがやってきます。皮膚科っていうと何しろ人目にさらされている皮膚を扱う科ですが、私なんかが想像していたよりもずっと、美容に悩みを持つ方が多いことにびっくりさせられたことを思い出します。そんなちょっとしたイボがどうしたの?とか、そんな皮疹くらいがなんなの?なんて思ってみていました。ちなみに、こんな不敬なやぶ医者の私は、皮膚科を専門とはしていませんのでご安心ください。さて、そんな実習の中で、私が最もびっくりしたのが、あの患者さんのことです。あの患者さん、もちろん、この記事の題名になってるあの疾患を持つ患者さんのことです。おもむろに靴下を脱ぎ、「痒くて、困っています」などと患者さんが言うと、皮膚科の先生は「どれどれ」って感じでピンセットか何かでその部分をつまみ、顕微鏡で確認。「水虫ですね、水虫、この薬使ってください」なんていって、診察が終わるわけです。
 ・・・・・・・、で、何かびっくりするようなことがあるか?と御疑念のあなた、実は私はこの診察風景にびっくりしていたのです。だから何にびっくりしたのか・・・・・・。実はそれまで私は、長年水虫と共存共栄していたのです。そう、まさか、水虫が病院までいってわざわざ治す病気とは考えてもいませんでした。「へえ、水虫で病院にかかるんだ・・・」とほざく私に、同席していた同級生が大爆笑したのは言うまでもありません。
 実は先日、我足に水虫が発生した際、「共存共栄の戒」を破り、大量の薬を塗りつけました。根気よく薬を塗り続けた結果、水虫は絶滅しました(涙)。ちなみに、水虫と半共存共栄している父(かなり根気よく治療しているわりによく再発する)の話によると、やっぱり水虫の治療は専門の皮膚科に限るとのことです。内科医にかかり「水虫の薬をください」というと患部を診ることもなく薬をくれる場合があると思います。しかし、水虫の状態によって薬が違うので、全然治らないこともあるそうです。さすが専門家は専門家です。
 やぶ内科医である私は、外来で患者さんから水虫の薬をくれといわれても絶対に出しません。専門じゃないから、診断が間違っているかもしれないから・・・・と患者さんには言うのですが、本当は・・・、「水虫がかわいそうだから」だったりして(笑)。ちなみに水虫というのは真菌、すなわちカビの仲間です。抗生物質が効く細菌類とは違い、人間に近い生物ですから、そう簡単には治らないわけです。この記事を読んで、私が不潔だと感じた皆さん、現在の私の足は、なめられるほど美しい状態ですので(笑)お間違いのないようにお願いします。

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 お知らせ:お年玉プレゼントのお金を、当選者の方々の暖かい気持ちによりまして義援金として寄付させていただきましたことをご報告させていただきます。

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2005/01/06

無駄論的血液型論争2

 今回は、血液型論争の2回目です。前々前回無駄論的血液型論争で、最近流行の血液型による性格分類について、少しほざいてみました。年末にも、とあるテレビ番組で血液型大会が繰り広げられていました。なかなか面白い番組ではあったのですが、最後(心理学会の?)学者の方がおかしなことを言っていたので、そこに文句をつけたいと思います。
 前の記事から書いていることですが、この血液型による性格分類番組は、心理学会などから批判を浴びています。私も以前の番組はちょっとやりすぎだと感じていました。例えば幼稚園児にある場面を設定し様子を観察し、血液型による差が出るかどうか見るという試みがあります。例えばA型の子供2人に買い物をさせるとどうなるかなんていうものです。しかし、たった2人の実験でA型を代表させるのにはそもそも無理があります。せめて、10組位の子供にやらせて、同じ傾向だったといわなければ、説得力がありません。その辺り、いろんな子供にやらせているのか、その組だけなのか、要するに分母が全くわかりません。いやもしかすると、何組かの子供にやらせて、元々考えていたその血液型らしい行動をとった組だけを放送に使っているのではないかという”やらせ”の疑惑さえ考えていました。また、意図しない結果になり、放送されなかったものもたくさんあるのではないでしょうか。ましてやその程度のいい加減な実験で、この血液型はこういう傾向があると決め付けることが多く、やはり、いきすぎた番組構成といわざるを得なかったと思います。
 その点、最近の番組は、そんな批判を受けて、実験ごとに、この実験だけの結果ですとか、あくまで~さんの意見ですとか、性格を規定するものではありませんとか、注釈をつけ結論あり気ではないことを強調しています。私としては、そこに全くの”やらせ”がないのであれば、血液型を面白おかしく考えるというバラエティーとして別に問題はないだろうという考え方です。まあ、正直言うと、私の所属するA型において、社交性を持ち合わせているのは圧倒的にAAでは無く、AO型が多いのでは?等と考えているやぶ医者の私です(笑)。そんな感じで、血液型と性格にはある程度の傾向があると感じている私ですから、行き過ぎがなく、お遊び程度であれば、こういった番組を批判する気はもともとないわけです。しかし、根拠を問われれば何も答えられません。私以外でも科学的根拠を答えられる人はいないでしょう。無駄論的血液型論争で書いたように、血液型と性格の関係を根拠ある形で結論付けるには、大規模な血液型別の性格調査を行い統計学的に見るしか方法はないように思っていました。
 実は、この大規模調査が、その年末の血液型番組で、ある学者の監修で行われていたので大変興味深く見ていました。その調査では総数750名程というまずまず信頼できる数で調べられていました。信頼できる性格判断テストであるクロニンジャーテスト(このリンクは1月31日までの限定公開だそうです)なるものを使い、慎重さ、好奇心、人付き合いを数値化し、そのパターンを血液型に見てみるというものです。そして、その大規模調査の結果、その監修した学者は「血液型により、平均値に関係性が認められた」というのです。これは大変興味深い結果で、おそらく血液型と性格の関係を示した最初の報告でしょう。ところが、この学者のこの後の言葉がいただけません。それはおそらく心理学会の意向を反映したものなのでしょう。「平均すれば関係が認められたのですが、一人一人を見ていくとばらつきがあり、個人差が非常にあります。」「最期に言いたいことは、心理学会では血液型と性格には関連がないというのが定説です。」とやったのです。これは明らかにおかしな発言です。この学者の言うとおり、個人個人ではこの性格テストの結果にばらつきがあったでしょう。そのばらつきの中から、一定の方向性を見るのが統計学的な手法です。例えば、A町とB町の小学生に算数のテストを行いそれぞれ平均点が70点と80点だったとします。この結果から、B町の小学生の方が頭がいいと結論していいかという問題です。この問題に対して、「それぞれの町の小学生に0点の子もいれば100点の子もいて、ばらつきがあるから、どちらが頭がいいなどとはいえない」なんていうのは答えになりません。あくまで統計学によって、A町とB町の小学生が同じ頭脳を持つ集団と考えていいかの確率を計算するのです。その確率が十分に低ければ、同じ集団とは考えにくいと考えられ、(有意差があるといいます)B町の小学生の方が頭がいいということになります。逆にその確率がそれほど低くなければ、平均値に差はあったが(B町の方が頭がいい傾向は見られたが)、統計学的には差はなかったという結論になります。今回の血液型性格調査において、この統計学的手法の結果は明らかにされていませんが、「血液型によって平均値に関係性があった」ということは、おそらく統計学的有意差が認められたと考えられます。なぜなら、心理学会としては血液型と性格には関連がないということを言いたかったのでしょうから、有意差がないという結果であれば正々堂々と「血液型による性格の差はありません」とはっきり結論づけることができたはずだからです。そう結論づけることができなかったところを見ると、意に反して、有意差がでてしまったと推測できるわけです。
 つまり、今回の調査からは、「血液型と性格は関係がある」という結果であったのに、それをごまかすために、個人差を持ち出したり、きめ付けで差別をするのはよくないなどといって、うやむやにし、「血液型と性格には関係がない」という学会のご意向を守ったのではないかというのが私の推測です。これでは、むしろテレビ番組の方ではなく、学会の方が結論ありきなのでは?と思ってしまいます。もちろんこの調査だけでは結論は出ません。ぜひ、学会の方には、結論ありきではなく、科学的な手法の結果を尊重し、更なる大規模調査や、別の角度から見た血液型と性格の調査をしていただきたいものだと思います。
 まあ、私は、血液型によるある程度の性格の差があるという結論ありきなんですが・・・・・ね。

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2005/01/04

お年玉プレゼント!当選者発表!

 皆様、明けましておめでとうございます。本年も無駄に当ブログ「彰の介の証言」をどうかよろしくお願いいたします。正直言いますと、春ごろからかなり忙しくなる予定で、このブログが存続するかどうかはなんともいえません。しかし、できるだけ時間を作り、間隔があいても、更新していきたいと思っています。今後もどうかよろしくお願いいたします。
 そして、今回、このエントリーで、「100エントリー達成!」いたしました。これもひとえに皆様方に無駄にお付き合いいただいたお蔭と感謝しております。上に書いた理由で、今後の更新がどうなるかわかりませんが、200、300と記事を書いていこうと考えています。
 
 さて、新春恒例?お年玉プレゼントですが、規定によりまして、「たる」様、当選確実です。そして、「mama」様、メールアドレス教えていただければ、当選です。遠慮なさらずに、私からの些細なプレゼントをお受け取りください。といいつつ、まだ、ぶつを用意できておりませんので、発送は今しばらくお待ちください。改めて、今後もよろしくお願いいたします。

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