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2005/08/12

広島長崎を南京にするな!

私は良く知りませんでしたが、最近というか昔からというか、「広島・過ち問題」というのがあるようです。
 
 つい最近のニュースでこんなのがありました(「過ちは…」の原爆慰霊碑削られる 広島、男が出頭)。広島平和記念公園内にある原爆死没者慰霊碑の碑文に、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という文字が刻まれているそうですが、この「過ち」というところを、右翼団体構成員が数ヶ所傷つけたんだとか。過ちというのが、まるで日本人が悪いみたいで気に入らないということらしいのですが、何もこれが最初の出来事ではなく、この過ち問題というのは随分昔からあったようです。

 原爆が日本に投下されたことに関して、いろんな議論があります。原爆はその破壊力から、特に兵器の中でも非人道的であり、人類滅亡につながる最悪の発明という印象があります。印象があるというか、実際その通りでしょう。そしてこの兵器が最初に使用されたのが日本の広島であり、投下したのはアメリカでした。

 「過ち」という文言の何が問題かと言えば、こんな非人道的な兵器をアメリカが使ったのに、まるで投下された日本が過ちを犯したみたいだということでしょう。まあ、確かにこの碑文をさらっと読めば、そんな解釈になるでしょうか。
 しかしこの「過ち」と言う文言がけしからんという方々は、原爆を投下したアメリカ批判だけをする方は意外に少なく、いったい日本がどんな過ちを犯したのかという話になると、「中国やアジアへ侵略戦争したから、アメリカに戦争を仕掛けたから、その代償として原爆が落とされた、と言いたいのか!」といってお怒りの方が多く、「日本は侵略戦争はしていないし、自衛戦争だった」という歴史観から「過ちなんぞ犯していない」という論理立てをされています。さらに一歩進んで、まさにこの「過ち」という言葉が、自虐史観そのものだと言って、自虐史観批判をされるんですね。まあ、要するに、こういう方々は、私の大好きな「正当化史観」だと言いたいわけですが、そこまでの拡大解釈は、本来の批判からは随分視点がずれてしまっているような気がします。

 確かに「過ちは繰り返しません」という文言は、自己反省(この碑文を作った日本人自身の自己反省)的な響きが強いのは事実です。そこで、この表現が正しいか正しくないか?、また、侵略戦争か、自衛戦争かの問題はおいておいて、日本として広島長崎の悲劇に関し反省する点が本当にないのかどうかについて、私の意見を述べたいと思います。
 
 私は、歴史観シリーズの中で、当時の指導者の戦争責任について考えてきました。そして、大きな問題として、敗色濃厚となってから、延々と戦争をやめようとしなかったことで、極めて無駄な多くの命が失われていったと考えています。もちろん、その犠牲者の中に、広島長崎の原爆被害者も入るわけです。
 当時の日本のスローガンの1つに「一億玉砕」というのがあるわけですが、もし、当時の指導者の戦争遂行に問題がないというのであれば、もし一億玉砕というスローガンが正しいというのであれば、所詮広島長崎で死んだ人など、一億分の十数万に過ぎないではありませんか。
 
 私は、正直、なんで”原爆が落とされるまで”当時の指導者が戦争を継続したのか全く理解できません。戦後の日本の繁栄を考えれば、原爆が落とされる前に降伏すれば、広島長崎の十数万の人が死ななくて済んだだけの話です。もっといえば、米軍が沖縄に上陸する前に降伏していれば、沖縄の悲劇も起きなかっただけのことです。沖縄で悲劇が起きたから、日本にとっての敗戦のメリットがあったとはとても思えません。

 この戦争継続の理由を、私は「当時の指導者が、敗戦の責任を取りたくなかっただけ」だと考えています。戦争をやめた瞬間に敗戦責任が生じます。戦争を継続する限り、「一億玉砕」と言いつづける限り責任論は生じません。要するに究極の「問題先送り」をしていたのではないでしょうか。
 このことは、日本人として、広島長崎の悲劇を生んだ「過ち」の1つとして考えていいのではないでしょうか。

 ただ、上のように書くと、日本の指導者がどうであろうと、原爆を投下したのはアメリカであって、アメリカが原爆さえ落とさなければ、広島長崎の悲劇はなかったといわれる方がいると思います。確かに、原爆の悲劇だけに絞ればそういうことになります。私自身、日本が戦争をやめなかったから、アメリカが原爆を落としても当然などと、アメリカの行為を正当化するつもりはまったくもってありません。しかし、逆に、アメリカが原爆を落としたからといって、私の指摘した当時の指導者の問題点が許されるわけでもありません。むしろ、散々戦争を引き伸ばした挙句、原爆を落としたら日本が降伏したのですから、アメリカの言う「戦争を早く終結させた効果があり、原爆投下は正当化される」という屁理屈に、残念ながら日本として反論しづらいものがあります。

 確かに、アメリカの「戦争、原爆の正当化」には、日本人として腹立たしいものがあり、当然非難していくべき問題だと思います。しかし、アメリカ批判をすることは、ともすると日本人としての問題点を覆い隠す結果になってしまうのです。いやむしろ、日本の問題点を取り上げたくないために表向きアメリカ批判をするという論法になっていることが実は多く、そんな論法で日本人自身が日本人に対して犯した過ちを忘れ去っていくことに問題を感じます。
 
 また別の視点として、戦後60年も経ち、今更責任論を蒸し返す必要もないとお考えの方もいるかもしれません。私も半分(四分の一位か?)そういう考えも持っており、日本側も、アメリカ側も、責任論で語るのでなく、過去の歴史的事実として、この原爆投下をとらえ、全世界的誓いとして「二度と過ちを犯さない」と決意することは(アメリカはそんなこと考えてないでしょうが、最低日本としては)決して間違ったことではないような気がしますがいかかでしょうか。

 もう1つ、言いたいことがあります。それはこの構図が日本と中国、日本と韓国の構図とそっくりということです。中国南京市では、南京大虐殺記念館なるものがあり、これが広島の原爆ドームをまねたいのか、世界遺産への登録の動きまであるようです。南京大虐殺がでっち上げという話もあり、広島長崎は完全な事実ですから、それをいちがいに比べることはできません。
 しかし、何のための南京大虐殺記念館かといえば、それは日本への憎しみを代々伝えて、日本を悪とすることで、中国を正当化をするための施設です。これと同じことを日本でもしますか?。つまり、広島長崎を、アメリカを悪ということを強調することで、日本を正当化するための象徴としますか?。私は本当の経緯は知りませんが、広島の原爆ドームが、決して憎しみを伝えていくための象徴ではないからこそ、世界遺産に登録されたのだと思っています。これを日本人としての自虐というのなら、ぜひとも同様の発想である中国南京市の南京大虐殺記念館も認めてあげてください。
 私は、過去の日本が正しいか正しくないかの議論ではなく、正しいということを前提とした(あるいは正しいと言いたいがための)議論の中で、広島長崎の犠牲者の方々を利用していることに問題を感じているだけなのです。

 本日もかなりの空回り文章ですが、ここまで読み進めていただきありがとうございました。
8月15日を目標にこの歴史観シリーズを書いてきましたが、そろそろその期日です。このブログもそれで消滅?・・・・か?。

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コメント

彰の介様
暑い日々が続き、私は夏ばて気味ですが、彰の介様はいかがですか?
歴史観シリーズもいよいよ大詰のようですね。大変でしょうが、がんばってください。

1945年7月にポツダム宣言が発表され、その2ヶ月後に原爆は投下されました。アメリカ側は、受諾するかどうかでもたついている日本には、講和の意志がないと見なしたそうです。
しかし、日本はそれより以前から講和の意志があり、ソ連やスイスに働きかけるなどして、必死にその道を探っていたようです。
広島・長崎に原爆が落とされ、日ソ中立条約を一方的に破棄された日本は、独自に和平の道を探ることをやめ、ポツダム宣言受諾を決意します。
日本は、ポツダム宣言に関していろいろな問い合わせをしていました。天皇はどうなるのか、国民はどうなるのか。
それらを確認した上でのポツダム宣言受諾でした。わが身を案じてではなく、天皇・国民の将来を考えていたのだと思います。「問題の先送り」などではないと私は理解しています。
などど、日本の当時の指導者を肯定していますが、それでもどうしても許せない事は、そこまで日本人が満身創痍となっていたにも関わらず、陸軍上層部は、負けているのは海軍であり、陸軍はまだ戦えるとし、本土決戦を主張してポツダム宣言受諾に反対していた事です。
軍部が実権を握った国は不幸です。
私は「戦争」は外交の一つのオプションだと考えています。(だからと言って、「戦争賛成」ではありません)
開戦・終戦を判断するのは、本来政治家の仕事です。
しかし、日本はそうではなかった。それが負け時を逃した原因なのではないかと思っています。

投稿: chichi | 2005/08/13 00:59

chichi様、コメントありがとうございます。
私は、当時の指導者が天皇陛下のことを考えていたとは思えませんね。御裁断を仰ぎつつ責任を天皇陛下に押し付けていたとさえ思います。というか、うまく利用していたというのでしょうか。
下手をすれば天皇陛下が戦犯にかけられていた可能性もあるわけで、そんな危ない目にあわせながら、天皇陛下が宣言受諾でどうなるもこうなるもないと思いますがいかがでしょう。

投稿: 彰の介 | 2005/08/13 21:41

確かに利用していた部分はあると思います。
「統帥権干犯問題」も、軍の上には天皇しか存在せず、内閣が軍に口を出すのは天皇の権利を犯すものだとし、内閣は軍に干渉できない事になってしまいました。これは、憲法と天皇陛下をうまく利用した例でしょう。

以前、東条英機氏の孫である東条由布子さんがTVで話されていたのを聞く限りでは、当時の指導者が天皇陛下の事を考えていたと、私には思えましたし、中には、息子を優遇することなく、激戦地に送り戦死させてしまった方もいるようです。もし、自分達を守る為だけであるなら、権力を利用し息子は戦死する可能性の低い戦場に送ったでしょう。
私は、彼らに、戦国時代の武将の「城を枕に討ち死にすればよい」的な、日本人独特の世界観を感じているのです。

それ以前に、私は自分達の先祖である当時の日本人を信じたいのかもしれません。

投稿: chichi | 2005/08/14 00:51

 chichi様、毎度コメントありがとうございます。
私も、先祖代々の日本人を信じたいと思っています。歴史の流れの中で日本を導いた方々を、現代の私が現代の常識を持って評価するのは問題かもしれません。
ただ、かの戦争はつい六十年前のことであり、まだ戦前生まれの人も多くいますし、あるいは私のように戦前生まれに育てられた世代も残っています。そんな中で、私なりのバイアスはかかっているとは思いますが、信じたいがための歴史観ではなくて、事実の歴史観を、後世のための歴史観を持ちたいと思っています。
まあ、その体をなしているかどうかは??ですが、私なりの妄言です。

投稿: 彰の介 | 2005/08/14 23:14

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」

この文の主語は、私達(we)であり、その「私達」は、日本人だけではなく、「私達人類は」なのだとずっと思っています。

そう、過ちは、日本が行った「侵略」も、アメリカ軍が日本市民に対して行った空襲も、原爆投下もすべてを含めての過ちです。

どうして、日本人の枠からだけで考えようとするのでしょうね。

投稿: mia | 2005/08/15 21:39

mia様、コメントありがとうございます。
私も上に書いたとおり、weでいいと思うんですけどね。やっぱり自虐が許せないんでしょう。
まあ、言論の自由がありますからどんな考えを持とうといいのでしょうけど、石削らなくてもいいとは思いますね。

投稿: 彰の介 | 2005/08/16 01:15

初めまして。
久々に為になるブログを発見し、嬉しくなって書き込みをしています。
歴史から何を学ぶべきかと言う一番大切な議論が自虐史観や正当化史観によって
ないがしろにされていることを私もずっと危惧していました。
彰の介さんのような主張が早くブログの世界でも主流になってほしいです。
これからも頑張って下さい。
新しい記事も楽しみにしています。

投稿: 佐々木隆吏 | 2005/08/20 05:18

佐々木様、コメントありがとうございます。
過分なお言葉をいただきお恥ずかしいばかりです。私は無駄にブログ人生送らせていただいてますが(笑)、佐々木様は政治家志望との事、本当にがんばってください。
私のブログは、あまり期待せずお待ちください(笑)。

投稿: 彰の介 | 2005/08/20 17:31

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