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2005/10/23

靖国の英霊

 靖国神社に祀られている方々は、自分達が「英霊」と呼ばれることをどう思っているのでしょうか。「英霊」と呼ばれていることを快く思わない「英霊」はいないんでしょうか。

 我々は、靖国神社に祀られている方々を、軽々しく「英霊」と呼んでもいいのでしょうか。今こうして幸せに、平和な日本で生きている我々が、「英霊」という言葉を使ってもいいのでしょうか。

 「英霊」と呼んだ瞬間に、「英霊」の死は肯定されます。「英霊」は自分の死を肯定されることに何の疑問もないのでしょうか。誇りに思っていただける「英霊」ばかりなのでしょうか。

 「英霊」にとって靖国神社は居心地のいいところなのでしょうか。まさか、我々が「英霊」と呼んだばかりに、居心地が悪く、逃げ出そうとした「英霊」はいないのでしょうか。いや、全ての「英霊」が「英霊」として扱われないと、困る「英霊」がいますから、逃げ出すことはおそらく許されないでしょうが。

 亡くなられた「英霊」の扱いを、生きている我々が、我々の都合で決定していくことに、少し疑問を感じる今日この頃です。

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コメント

私もやぶ医者の端くれですので、科学的にものを言うべき立場なのでしょう。しかし、ここはそれを度外視して、超個人的な感想を述べたいと思います。

まず、英霊が存在するとしたら、それは霊的な存在なのですから、場所にとらわれないのではないでしょうか。生きている人間がわざわざ特定の場所(この場合、靖国神社)を訪問しなくても、どこであれ、心の中に感謝の気持ちを念ずるだけで十分だと思います。

宗教というのは、結局生きている人の心を癒すため存在しているように見えます。神社を訪問し、英霊に祈ることは、結局は自分のためにしているように私には見えます。

この一連の行為に、英霊の意思は関係ないようです。誰か英霊に質問してみたのでしょうか?戦地に赴く前に、戦死したら靖国神社に奉納してくれと言い残しておられたとしても、「本当に」靖国神社に霊魂がずっと残っているかどうか、確かめようがないのです。

それなら、「私は自分の心を慰めるために、靖国神社を訪問しているのである」と言った方が、正確なのではないでしょうか。「英霊のために」と言うと、ひょっとすると英霊の方もくすぐったい気持ちがするかもしれません。

それに、終戦後60年経過して、もしも霊魂が靖国神社に存在しているとしたら、そしてその場所から離れられないため生者が訪問しないとコミュニケーションできないとしたら、それは浮かばれていない霊、輪廻転生のサイクルから逸脱している霊ということになります。それを前提として靖国神社を訪問するというのは、何だか根本的に変です。浮かばれていないと勝手に決めないでくれと、英霊が霊界で思っているかも知れません。

私は、尊い多くの人命が奪われた事を想い、その人たちの事を忘れないで、今を一生懸命に生きることだけで十分だと思うのです。宗教儀礼の形にこだわらず、心の中でいつも祈念する方が、ずっと良さそうに思えてなりません。

何を信じて、どう行動するかは、個人の自由です。しかし、願わくば、表面上・儀礼上の形に囚われるあまり、国と国とが対立したり、個人と個人が仲たがいしたりする事のないようにと思います。そのような対立こそ、英霊のもっとも望まない事だと思うのです。

投稿: jun | 2005/11/11 18:27

補足;
最後のパラグラフの「そのような対立こそ、英霊のもっとも望まない事だと思うのです。」は、私の推測に過ぎません。私は英霊と意思疎通ができるような霊能者ではありませんので。

要するに私の言いたいポイントは、いかにも英霊にお参りをしていますというポーズを他の人にわざわざ見せて、しかも英霊という言葉を平気で引用し、しかも結果的に国際的なトラブルまで起こすような事は、単なる自己満足を超えて偽善の域に達していると言えるのではないかという事です。

本当に霊に祈るなら、誰にも見られないような自分の個室で、精神を統一して魂をこめて祈るだけで十分でしょう。それ以上は、偽善のように思えて仕方がないのです。

投稿: jun | 2005/11/12 20:38

jun様、コメントありがとうございます。
実を言うと、私は靖国神社には、遺骨とか、遺品とか、何かおまつりする根拠となるものがあるとずっと勘違いしていました。それが、単なる精神的なもので、靖国神社がおまつりするといっているだけと知った時、その存在は極めて宗教的で、それぞれ個人の宗教心によっていると感じました。私の宗教心から言うと、上に書いた疑問がふつふつと湧いておりまして、要するに、靖国神社が祀っているといっているだけ、霊魂はいないかも知れない、下手すると、もぬけの殻ではないか?と考えています。そんなことはありえないと反論されてもそれが私の宗教心だから仕方ありません。そこに霊魂が宿っていると信じている人と気持ちは同じはずです。
また、靖国問題は記事にするかもしれません。貴重なご意見ありがとうございました。

投稿: 彰の介 | 2005/11/12 23:49

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受信: 2005/10/25 23:14

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