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2006/01/31

おっさん方にこそ道徳教育を

 ほりえもんが逮捕されてから、「やっぱりあいつはあ~いうやつだった」的な発言がそこらじゅうで聞かれます。まあ、自ら「憎たらしさ」を振りまいていたほりえもんですから、自業自得といえばそれまでですが、以前書いたように、私はゾンビのごとく復活することを密かに祈っております(ほりえもん、撃沈!)。それにしても、ほりえもんのせいで、いわゆるIT長者?の皆さんもみんな胡散臭いと思われ、若手実業家も怪しまれ、ついでに若者全体にモラルがない・・・、な~んていう話になってしまっています。いつの時代も「今の若いもんは・・・」って文句ばっかり言ってるおやじはいますが、みんながみんな、ほりえもんと同じにしてもらっては困ります。あの方は極めて特異な方なんですから・・・。

 実は、日曜日の朝のフジテレビの報道番組で、竹村健一爺さんが中曽根爺さんの新聞投稿を参照して言っていたのが、「道徳教育」の強化です。金さえあれば何でも解決される、あるいは、金儲けのためにはルールを少しくらい無視してもいい、な~んていう、今の若者にはびこる「ほりえもん観」をなくすためには、小さい頃から学校でちゃんと道徳を教えろって言うことらしいんですね。まあ、正論中の正論ですが、ほりえもんをして、現代の若者を代表させるのはどうかと思いますね。つまり、若者の全てが、こんな「ほりえもん観」で染まっているのかどうか・・・。私は、決して現代の若者全体に、こんなモラルの欠如がおきているとは思いません。はっきり言ってしまえば、どの世代であろうとも、このようなモラルの欠如をおこした人間は一定の割合で生息していると考えた方が普通ではないでしょうか。

 モラルの欠如といえば、耐震偽装問題ですが、登場人物が若者ばかりかといえば、むしろいい年したおじさんとお爺さんばかりです。ズラの建築士も、ヒューザーの社長も、黒幕の親父も、建設会社の社長も、み~んないい年してモラルの欠如した人間ばっかりです。そして、最近になって、改装問題が取りざたされている、東横インの西田社長という、これまたいい年したおっさんで、モラルのかけらもない人間が現れました。テレビを見て知ったのですが、この東横インというホテルは、いろいろと革新的なアイデア経営をして急成長を遂げていたというのです。これまた、ほりえもんと同様、今回のような不正が見つかると、せっかくの革新的アイデアも、すべて金儲けのためと評価されるのが、現行メディアの残念なところですが、そうは言っても、あの社長の釈明?会見に、モラルというものは全く感じられませんでした。

 耐震偽装の登場人物が、そろって人のせいにしたのとは反対に、西田社長は、あっけらかんと真実、核心をしゃべりました。障害者なんてほとんど利用しないとか、条例どおりだと表玄関がかっこ悪いとか、あそこまで心の底を話されると突っ込みようもありません。過去の多くの疑惑で、疑惑の渦中にある人物が真実を語らないことはごく普通のことであり、評論家などが「真相究明のため真実を話すべきだ」と当たり前のことをのたまうのが定番でしたが、あの社長の会見はあまりにも真実をひょうひょうと話しすぎて、氷の上で肩透かし食って顔面強打したような衝撃を覚えました。本当に反省しているのであれば、もう少し神妙にするのが、普通の人間でしょう。法令・条例を無視することを、60キロ制限の道路で67~8キロで走るようなものと表現しているのですから、いったい今までどんなモラルをもって人生歩んできたのか不思議でなりません。

 しかし、ほりえもんも西田社長もある意味、時代の革命児なわけで、革命児にとって、ルールやモラルは邪魔なもの以外の何ものでもないのかもしれません。そして、そういう人間がいないと、新しい世の中を開いていけないのかもしれません。だからといって、いやだからこそ、法令違反が許されるわけではありませんが、いつの世もこんな革新と、新たな縛りのせめぎあいの繰り返しで、新たな活力が生まれてくるような気がします。道徳教育が、特にそんな若者の活力をそがなければいいですが(そんな力を持っているとは思えませんが)、しかし、あのモラルの欠如したおっさん方には、ぜひとも道徳教育を受けていただきたいと感じる私なのでした。

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2006/01/28

「あなたは忘れられている」

 2001年1月26日、東京・JR新大久保駅で、ホームから転落した男性を助けようとして、韓国人留学生が亡くなるという惨事がありました。母国韓国はもちろん、日本国内でも、彼の勇気ある行動を称える声は少なくありません。そして、その事故からちょうど5年、彼を「偲ぶ会」が行われたという新聞記事を目にしました。彼をモデルにした日韓合作映画「あなたを忘れない」の撮影も順調で、来年春には公開予定とのことです。しかしながら、彼の勇気ある行動にケチをつけるつもりはもうとう無いのですが、この関連ニュースを見るたびにずっ~と思い続けていたことがあります。そう、誰かが忘れられていないでしょうか?。

 インターネットに記事を公開している大手新聞社で、見つけることができた、この「偲ぶ会」関連の記事での、事故の説明を含んだ書き出し部分を抜き出してみましょう(朝日新聞、東京新聞ではこの関連記事を見つけることができませんでした)。
 
 日本経済新聞は「JR新大久保駅事故から5年・都内で李さんをしのぶ会」、産経新聞は「「日韓両国民の扉開けた」 JR新大久保駅事故・李秀賢さんしのぶ会」と題し(両新聞とも同じ文章)、

東京都新宿区のJR新大久保駅で2001年1月、ホームから転落した人を助けようとして韓国人留学生李秀賢さん(当時26)が死亡した事故から丸5年の26日、「しのぶ会」が東京都内のホテルで開かれ、約250人が李さんをしのんだ。
 毎日新聞は「東京・JR新大久保駅事故:発生5年 「あなたを忘れない」 李さん偲び200人」と題し、ほぼ同じ内容で
東京都新宿区のJR新大久保駅で01年、線路に転落した男性を救おうとした韓国人留学生、李秀賢(イスヒョン)さん(当時26歳)が亡くなってから、26日で丸5年を迎えた。李さんを「偲(しの)ぶ会」が同日、千代田区のホテルで開かれ、李さんを描いた来春公開の日韓合作映画「あなたを忘れない」の撮影が、順調に進んでいることが報告された。
 残念ながら、上記3紙は、この事故の大事な部分を忘れてしまっているようです。(見つけた限りで)唯一、読売新聞だけが、「新大久保駅の人命救助から5年、韓国人留学生を偲ぶ会」と題し、次のように書き出しています。
東京・JR新大久保駅で2001年1月、ホームから転落した男性を助けようとした韓国人留学生の李秀賢(イ・スヒョン)さん(当時26歳)と、写真家の関根史郎さん(同47歳)が死亡した事故から丸5年がたった26日、千代田区のホテルで、李さんを偲(しの)ぶ会が開かれた。
 もう一度繰り返しますが、私は李秀賢さんの勇気ある行動に、ケチをつけるつもりはありません。しかし、この関連ニュースを見たり聞いたりすると、なぜか関根史郎さんのことが、抜け落ちていることがほとんどなのです。確かに、日本国内で起きた事故ですから、韓国人留学生の死の方がニュース性があるのはわかります。しかし、だからといって、全く同じ勇気ある行動をとり亡くなった関根さんをほとんど無視し、その行動への賛辞を忘れてしまっているのは大問題でしょう。

 そうなると気になるのが、李さんをモデルにしているという「あなたを忘れない」という映画です。韓国映画ではなく、一応日韓合作映画ということですから、主人公は李さんとしても、関根さんの扱いはどの程度のものなのでしょうか?。まさかと思いますが、マスコミ同様、「あなたは忘れられている」状態でないことを願うばかりです。

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2006/01/26

ニンテンドーDSが売れているらしい

 私も、俗に言うおじさんといわれるような年になってしまいました。そんなおじさんが、ゲーム機を購入するというのは、ちょっと、こっぱずかしい話ですが、先日勢いで携帯ゲーム機、ニンテンドーDSを買ってしまいました。表向きは、川島隆太教授監修の「脳を鍛える大人のDSトレーニング」を、脳梗塞の家族に薦められるか?を試してみようと思ったわけですが、実のところ、自分で楽しむのが目的であったことは明らかです・・・。

 さてさて、最近、このニンテンドーDSは品切れ状態のようです。私が買ったときも、量販店で臨時入荷があったとのことでなんとか買えましたが、今週末に行った別の量販店は、入荷予定ありませんの張り紙が貼ってありました。当初からこんな勢いで売れていたかどうか、私は全く知りませんが、どうもこの「脳を鍛える大人のDSトレーニング」は、1つの火付け役になったのではないかと感じています。

 このニンテンドーDSの最大の特徴は、タッチペンによって画面操作ができるということで、今までのゲーム機にはないものでした。しかし、そのペンを使うのがいくら斬新な機能とはいえ、マリオ物のゲームをだいの大人が買ってまでもするかというと、疑問があります。
 
 しかし、昨今の「脳活性化ブーム」にのって、この「脳を鍛える~」では大人が楽しめるというのがミソでしょう。しかも、画面に文字(漢字も認識)や数字、記号を書き込むことができるというのは、このゲーム機の機能を最もうまく利用したと考えられます。つまり、簡単な1+1のような計算をしようとしても、今までのゲーム機のコントローラーで、2という数字を速く答えるという作業は不可能でした。一万円も高いPSポ-タブルでも、脳活性化ゲームをするには限界があります。そんな機能とうたい文句で、これはもしかして、大人の心をつかんじゃったかもしれないというのが、私の考えで、今、このハードが売れてる1つの要因ではないかと考えているのです。

 せっかくDSを買っちゃったので、今後も、このタッチペン機能をうまく使ったソフトが開発されることを期待したいところです。ところで、この大人の心をつかんだという意味で、私の連れの一言がずしっときました。ニンテンドーDSが売れていることに関して、

大人は金持ってるから、ほしいと思えば、ぱっと買っちゃうもんね。子供はほしくても「我慢しなさい!」って言われてなかなか買ってもらえないから・・・。
いやいや、おっしゃるとおり、子供時代、たやすくゲームなんて買って貰えるものではありませんでしたよね。今の時代も、そうそう、そのあたりの親子の事情が変わったとは思えません。つまり「ゲーム=子供」の概念を打ちくずせば、大人はぱっと買っちゃうんですから、そこにビジネスチャンスありってことでしょうか。なんとなく、ソニーのゲーム機に押されっぱなしだったニンテンドーに、逆襲の機会が訪れた予感が漂う今日この頃です。

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2006/01/25

ETV特集

 このブログでは、NHKについて、何度か取り上げてきました(NHK問題シリーズを参照してください)。結論的には、私がNHKの回し者だということなわけですが(笑)、先日見た番組で、これまた考えさせられることがありました。それは、ETV特集という番組についてです。

 私は、NHKの回し者だけあって、NHKの番組をよく見ます。しかし圧倒的にNHK総合の方を見ているわけで、教育テレビを見るのは将棋の時間くらいのものです。NHKの回し者を自負する私が、NHKスペシャルを知っているのは当たり前ですが、教育テレビのスペシャル版というべき「ETV特集」という番組をあまり見ていなかったことは全く恥ずべきことでした。全くの偶然、先日の「わが父・溥傑、~ラストエンペラーの弟・波乱の生涯~」という番組を見入ってしまい、大変感激しました。さすがNHK、民放には決して作ることができない番組です。大げさに言えば、日本人としての歴史観を形成するための基礎とするべき事実が詰め込まれていると感じましたし、現在の日本と中国の不仲が、実にバカバカしいと思えるような番組でした。

 問題なのは、これほど良質な番組が、NHK総合ではなく教育テレビで放送されていること、しかも、夜10時から11時半という遅い時間に放送しているということです。時々、このETV特集の放送予告を見ますから、別に隠しているわけではないのでしょうが、正直言えば、メインでない教育テレビで、遅い時間にこそこそと放送しているように思えてならないのです。しかも、ホームページを見ると、再放送の予定すらありません。実にもったいないと感じているのは私だけでしょうか。

 何でこんなにこそこそと放送しているのか?、私は2つほど思いつくことがあります。
 
 まず、いい番組といえども視聴率を稼ぐ番組ではないということです。NHKも昨今の事件から、中身より視聴率を考えなくてはならない事情があるのでしょう。視聴率の稼げる、メインチャンネルのメインタイムに使うには、内容がお堅いものが多いのかもしれません。ただ、NHKスペシャルがお堅くないかといえばそんなこともないので、視聴率云々が全てではないと思いますが・・。
 
 そしてもう1つが、番組内容の問題です。ETV特集の全てではありませんが、今回の番組のように、イデオロギー的にインパクトのあるものや、社会問題・風刺としてインパクトの強いものが少なくありません。インパクトが強いということは、批判もかなり起きてきそうです。以前、自民党の安倍さんらによる番組改変問題がありましたが、ある意味、批判を避けつつ、しっかり番組を作りたいと思えば、ETV特集のように、こそこそ放送せざるを得ないのかもしれません。まあ、残念極まりないことではありますが・・。

 まあ、トロクサイ考察はこのあたりにして、NHKとしての限界を少し感じてしまった私です。受信料の問題がどうなるかわかりませんが、NHKには、常に良質な番組を世に出していってほしいと願うばかりです。

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2006/01/24

ほりえもん、撃沈!

 世間では、ライブドアのほりえもん逮捕の話題で騒然としております。私は、彼に対して、そのふてぶてしさと行動力には憧れと尊敬の念を持ちつつも、その危うさについて随分指摘してきました(シリーズもののほりえもんシリーズを参照してください)。ほりえもんは、この「彰の介の証言」を読んでなかったのでしょうか(笑)。読んでさえいれば、もう少しうまく世間と付き合えていたのではないでしょうか(大笑)。「未来を見通す天才」 の中で指摘した、

「撃沈するのも想定済みでした」なんて言わないことを祈るばかりです。
なんていう言葉、逮捕となった今では、むなしいばかりですね。

 今後、彼に助け舟を出すような人物は現れるのでしょうか。今回のことで信用は地に落ちたと思いますが、今後その信用回復に努力したとしても、助け舟無しに復活するのは至難の業でしょう。しかし、「想定内」発言や、数々のふてぶてしい発言で、自ら安全装置をはずしながら歩んできたのですから、石を投げられることはあっても、助け舟が出るかどうか・・・。このまま、彼は一文無しとなって野に消えていくのでしょうか・・・。
 
 安全装置だらけの小さな世界を歩む私が言うのもなんですが、ほりえもんに言わせてください。

這いずってでも、戻って来い!!
そして、もう1つ、大事なことは、
ちゃんと「彰の介の証言」を読め!!
ってことですね(大笑)。これ大事です。多分・・。今回の事件は事件として、法的に裁かれるでしょうが、言動にムカつきながらも稀有の人材である、ほりえもんには、ゾンビのごとく復活を願う私なのでした。

 実は、前回記事で、200エントリーを達成しておりました。今後も皆様との意見交換を楽しみにしております。ちょっと、更新が厳しい今日この頃ですが、今後もますます無駄に訪れていただけますよう願い申し上げます。

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2006/01/17

救急外来の裏側(2)

 前回、救急外来の裏側では、救急外来での患者選択の問題を中心に書かせていただきました。私は今まで、中部地方某3ヶ所、東北地方某所、首都圏某所の5ヶ所で2次救急及び3次救急をみてきましたが、今回はその体験に基づき、もう少し患者選択の問題点をあらってみたいと思います。

 いきなりですが、救急外来とは、基本的に儲かるようなものではなく、スタッフの夜間休日の負担もありますから、基本的にどの病院でもやりたくないのが本音でしょう。正直言えば、私もやりたくありません。何しろ、救急外来をこなしても、翌日は通常の勤務が待ってますし、休日にやっても、振り替えの休日がもらえるなんてこともありません。以前にも書きましたが、何故か我々医師には労働基準法が適応されないようです。

 やりたくないのもあるのですが、病院の規模や体制によっては、診るにも診れないことは多々あります。
 ある地域の中堅病院で救急外来をやっていた時、胸痛を訴えている患者さんがいると救急車の搬送依頼がありました。しかも、以前心筋梗塞の既往があり、血圧も低下、酸素をしないと呼吸も苦しいというのです。心筋梗塞の再発が予想されましたが、その中堅病院では、緊急で心筋梗塞の治療ができません。そこで私は搬送依頼を断ろうとしたのですが、そこを救急隊がやくざかと思うような口調で脅して近くだからといって強引に搬送してしまいました。もし心筋梗塞だったら、別の病院にそのまま搬送するから、鑑別をしてくれというんですね。搬送されて心電図をとってみると、明らかな心筋梗塞のため、その地域の3次を担当しているはずの「救急センター」という名前の病院(総合病院の救急センターではなく、○○救急センターという名前の病院)に電話をして、搬送のお願いをし、点滴をつないただけですぐさまその「救急センター」へ搬送となりました。

 ところが、この患者さんの奥さんからひどいおしかりを受けることになりました。

「あなたは心筋梗塞を診れないのに、なんで救急車を受けたんですか!!、20分30分何もせずに、ここにいる間に何かあったらどうするのですか!!」
それはもうひどい剣幕で怒られたんですね。そんなこといわれても困るんですけど、言われることは理解できなくもありません。最初から○○救急センターへ運べば、確かに治療が早く始まったのですから・・・。実はこのエピソード、現在の救急外来の、多くの問題点を凝縮しているともいえそうです。

 まず、なぜ救急隊は、救急センターではなく2次救病院へ強引でも搬送したのか?というと、それは救急センターというのを名前にしている病院のくせに、その病院の救急車の受け入れが極めて悪いからにほかなりません。3次救急は3次救急だけを診たいわけです。だから、本当に3次救急かどうかというのを、2次救急病院で確認してから3次に送って来いということを公言しているらしいのです。胸痛というだけでは、本当に心筋梗塞なのかどうかはわかりません。ただの筋肉痛のことだってありえます。そういう1次2次の患者を診たくないから、胸痛というだけでは、その救急センターが受け入れしないことを、救急隊はよく知っていて、搬送先を考えているのです。しかしそのためのタイムロスは、確かに奥さんを激怒させるに十分かもしれません。

 では、救急車の受け入れの悪いこの救急センターが全面的に悪いのかといえば、やる気がないことだけは確かですが、気持ちは理解できなくもないのがややこしいところです。この救急センターが3次の患者を積極的に受け入れるためには、2次救急病院が1次2次患者を積極的に受け入れることが前提になるでしょう。しかし、胸痛というだけで3次救急が受け入れの義務を負うとすれば、これは2次救急病院が患者を拒否する格好の理由になってしまうわけです。例え救急隊がどれほど重症感がないことを説明しても、胸痛の患者だと言ってしまえば、「それは3次救急の病院へお願いします」と言われるだけということになります。つまり、2次救急病院の受け入れが悪いからこそ、3次救急の患者しか嫌だと公言しているに違いないわけで、要するに、2次も3次も、お互いにやる気がないから押し付けあう事になってしまっているだけの話なのです。

 では、救急隊(消防隊)が、ある程度2次3次の区別がつかないかどうかということが考えられます。が、これがまたいろいろと問題があります。上に書いたエピソードの事をいえば、実は救急隊は心電図モニターを車内で取っていて、心筋梗塞の変化があることを知っていたのです。しかし、これがまた恐ろしいことに、救急隊はそのことをひた隠しにして搬送してきました。要するに心筋梗塞とわかれば、2次病院に受け入れてもらえない、しかし、救急隊が救急センターへ心電図が怪しいといっても信じてもらえない、だったら、黙って近くへ搬送しちゃえというのが本音のようです。救急隊の質にもよりますが、さっさと受け入れてほしいがために、患者の病態を軽くいう救急隊というのが結構あるのです。「軽いめまいです」なんていっておきながら、半身麻痺の人が送られてきたり、「意識清明」のはずの患者が、つねっても反応がなかったりということが実際にあるのです。救急隊も、ある意味、搬送するのが仕事ですから、とにかく受け入れてもらってさっさと仕事を片付けたいと思うことも多いに違いありません。

 では、救急隊もどうしようもないのかといわれると、これまた嘘ついてでも搬送してくるにはそれなりの理由が考えられます。その最大の理由は、救急隊すなわち消防署には、搬送先の病院を決定する権利がないということです。あくまで、病院側が受け入れの承諾をしないと、搬送できないのです。以前、薬物中毒の患者を受け入れた時、別の5つの病院に断られ、私の当直していた病院に電話してきたと聞いてびっくりしたことがあります。受け入れ拒否には、何らかの言い訳をしなければなりませんが、病棟が忙しいとか、満床だとか、嘘か本当かわからないような理由で拒否することはよくあることで、これまた要するに、み~んなやる気がないということがすべてなのです。

 上のエピソードは、あくまでとある地域の病院群と救急隊の話で、これは地域によって極めて大きな差があります。救急車を決して断らず、各科の医師を当直させている中核病院と、それを支える周辺病院のタイアップが非常にスムーズで、救急隊も救命救急士を多く抱え、万全の体制を整えつつある地域もあるわけです。誰もがやりたくない仕事を、誰かに押し付けるようなことをすれば、悪循環的にどんどんやる気をなくすだけです。病院責任者および行政その他の方々には、ぜひ現場を見て対策を考えてほしいと思うのですが、うわべだけの対策しか取られていないというのが現実なのでしょう。

 ということで、また別の角度で、この問題を取り上げていきたいと思います。ちょっと悪く書きすぎたような気もしますが(笑)、みんながみんな、やる気なしおさんではありませんので、安心してください(オイオイ・・)。

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2006/01/13

救急外来の裏側

 先日、家族に病人が出たため、慌てて実家に帰省して、かかりつけの病院の救急外来に付き添っていきました。私は、職業柄やぶ医者をやっていますが、他院ですから、自らの立場は黙ってこの救急外来を患者の立場から見ていましたが・・・、いやはや救急なのか?救緩なのか?救遅?なのか・・・、病院に行った方が体調が悪くなりそうです。

 な~んて言いつつ、実を言うとこの病院、私が医師の卵として研修した病院でして、6年ほど前までは医師の立場でこの救急外来を(当直で)やっていました。この病院、全国的に見て、救急を含め患者の数と医師の数のアンバランスの激しい病院でして、そのエピソードの一部を忙しいは気持ちいい!で記事にしています。つまり、なにをいわん、この私も、以前この救遅外来の一翼を担っていたということです。久しぶりに現場を見てみましたが、何も変わっていませんでした。「救命救急センター」の看板を出しているにもかかわらず、ざっとその場に患者は50名ほど待っており、2時間しっかり待たされました。もちろん、私の立場を振りかざして、早めに診てもらうことは可能だったかもしれませんが、逆に過去そんなワガママ患者に腹を立てたことを思い出し、じっと待っていました。

 なぜそんなに混んでいるのか・・・、全国的にみてこんな混んでいる救急外来はありません。この原因についてはいろいろと考えていることを書きたいと思います。まずは病院側の努力不足、今も昔もスタッフの数を増やそうとしていないことです。研修医を含めた少人数で必死にカルテをさばいているのです。
 実は、「混むのが嫌なら来なけりゃいい」というのが、医療業界の基本姿勢でして、待ち時間短縮のことなんて何も考えていないのが現実でしょう。そして今後もこのあたりの意識改革はむずかしいかもしれません。世の中、いかにお客様に来てもらうかということで多くの企業が血のにじむような努力をしているわけですが、いかに患者が来ないようにするかを真剣に考えている医療業界の意識の異常さは、残念ながらそうそうに変わるものではないと思います。
 ただ、今回診てくれた若い先生は非常に丁寧に診察してくれ(私は密かに寄り添っていただけなので、私が医師だと知らない)、専門医に話してくれました。まあ、来なけりゃいいと文句は言いつつ、決して手を抜いているわけではないという部分は今も昔も変わっておらず、ちょっと安心しました。

 混む原因のもうひとつは、この病院が患者選択をしていないという点です。救命救急センターというのは、いわゆる3次救急(重症の患者)を診ることをその仕事としているのですが、実際には風邪の患者など軽症の患者が山ほどきているのが現実で、その中に混じった本物の重症患者の診療が後回しにされているのです。しかし、患者からみれば自分が軽症か重症かなんていう意識はありませんし、医療側からみても、実際に診察や検査をしてみないと本当の重傷度はわかりません。救急車で来院した患者が重症で、歩いてくる患者が軽症なんて思っていたらとんでもない間違いを起します。
 以前、NHKのプロジェクトXで、日本最初の救命センターの立ち上げの様子が紹介されていました。この中で、指を刃物か何かで切ったという患者がこの救命センターを訪れた時、軽症の患者を診ていたら重症の患者が診れないという理由で、この患者の診療を断ったというエピソードを紹介していました。至極もっともな話のようですが、こういう患者選択をしていたと知って、興ざめしました。患者選択をしながら重症患者を診たって何の価値もないし、そんなのは極めて楽なことだというのが、この混み混み病院で働いていた私の考えです。

 そうは言っても、理想的には救命センターは3次救急に専念すべきでしょう。そのためには、できるだけ1次2次の患者は地元医師会の先生方に診て頂きたいわけですが、これがまた、そういう厄介な仕事を回避することを最も得意としているのがこの医師会なのです。いわゆる夜救診、休日診療というものを開いているようですが、この地域では機能していないといっていいのではないでしょうか。その一方で、総合病院に外来ブースを1つ増設するなんていう話があると、「外来患者が取られる」といって大反対するのも医師会です。だから、「夜間、休日の患者をどんどんを奪ってください」と声を大にして言いたいですね。

 そんなことで、医療従事者ネタのつまらない話で申し訳ありません。次回もちょっと救急ネタを書きたいと思います。無駄にお付き合いいただけると幸いです。

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2006/01/05

平成18年は新憲法元年?

 憲法論議が盛んになってきました。憲法改正のための自民・民主の大連立なんていうのもまことしやかに言われていますが、今年平成18年は新憲法元年となるのでしょうか。私自身は、現在の憲法改正論議(9条に関して)にはやや疑問を持っていますので、今回を含め、おりをみてこのブログで取り上げたいと思っています。

 新年明けましておめでとうございます。今年も無駄ブログ「彰の介の証言」をよろしくお願いいたします。
 年の初めから、お堅い話題で申し訳ありませんが、本年平成18年は、憲法の年になるかもしれないとふんで、最初にこの話題を取り上げてみました。以前憲法改正無理論という駄文を書いたことがあります。読み返すのが恥ずかしい駄文ですが、まとめますと、憲法改正したところで結局は「解釈論」になるだけで、だったら今のままで特に問題ないのでは?いや、改正すれば歯止めがかからなくなるのでは?と考えてみました。

 実は、正月、とある番組で自民党の議員と、民主党の議員のやり取りをきいていました。話題が憲法改正に進むと、自民党議員から「改正のための案を出しました」との話があり、民主党議員からは「すっきりした形で改正した方がいいのではないかと考えている」という話があり、番組も「そうですね」で終わってしまい、つまり明日にでも改正か?という雰囲気だったためびっくりしてしまいました。議論が全く深まっていない中、改正することがどんどん進んでしまっているようです。私自身「改憲」自体に反対というわけではありませんが、現在のような無風状態で、自民党案を軸に改憲が行われるとすれば、国民投票で反対票を投じざるを得ないと考えています。各論は折に触れて書くこととして、本日は総論として改憲に対する屁理屈をこねたいと思います。

 まず自民党が掲げる「自主憲法の制定」という文言に屁理屈言わせてください。確かに、現在の日本国憲法はアメリカに押し付けられたものかもしれません。ですから、自分達の手で憲法を創り出したいというのはわからなくもないのですが、実際には、創り変えたいというのが本音であって、憲法を改正したいがための方便が「自主」憲法ではないでしょうか。なぜならば、押し付けられようが、何されようが、いい憲法、問題のない憲法であれば、改正する必要はないからです。改正するからには問題があるから改正するのであって、押し付けられたことが問題ではありません。昨今のテレビ番組などを見ていると、「押し付けられた憲法」というのを強調して改正の論拠としている風潮がありますが、全く論拠になりえないというのが私の考えです。

 そして、私にとって最もよくわからないのが、「クウェートシンドローム」というべき日本人のトラウマです。湾岸戦争で、多国籍軍による開放後のクウェートが、多国籍軍に参加した各国の国旗をデザインして(Tシャツかなんかだったでしょうか?忘・・)参加各国に賛辞を表したのですが、多額のお金を出しながら、軍隊として参加しなかった(後に掃海艇を派遣)日本の国旗はデザインされていなかったというあの事件です。人的貢献はせず、金を出しただけではクウェート人からは全く評価されなかったとして「日本の恥」とまでいわれましたが、このことが、自衛隊の海外派遣を縛っている9条への恨みへとつながり、「あの恥を繰り返すな」的な発想でイラク戦争における自衛隊の派遣が推し進められ、さらに昨今の憲法改正論議につながっているのは明らかです。

 私は相当な被害妄想もちですが(笑)、この「クウェートシンドローム」こそ日本人自身の相当な被害妄想か、あるいは憲法改正論者による確信犯的な宣伝活動ではないかと私は考えています。一体全体、世界の中で、この日本の戦争放棄をうたった9条を全く評価せず、情けない国だなどといっている国はあるのでしょうか?。アメリカは、9条が相互協力の邪魔をしているような発言をしたような気もしますが、日本憎しの中国だって、韓国だって、9条けしからんなんてことを言ったことはないでしょう。この9条を根拠に戦争に参加しなかった日本に対して、バッシングがあったなんて話も、私は全く聞いていません。ただ単に、日本国旗がデザインされていなかっただけのことで、これが、本当にクウェート人による日本人への「怒り」の気持ちを表したものかどうかもわかりません。本当に、日本の自衛隊による国際紛争の解決ということを、世界各国が望んでいるのかということをしっかり確認すべきですし、基本的には、日本の戦争放棄の概念は世界から評価されていると考えられますから、それを根拠に戦争に参加できなかったことに関し、ここまで卑屈になる必要はないと私は考えています。
 
 そんな理由から、自衛隊による国際貢献がどんなに大事なことであったとしても、この「クウェートシンドローム」を根拠とした議論は承服できません。自衛隊が、紛争解決に積極的に使われることのメリット、デメリットを真剣に深く議論すべきで(現在、この議論は皆無です)、妄想を根拠に憲法改正するなんてことがあってはならないでしょう。

 ということで、私は改憲論者です(大爆笑)。改憲するには、それ相応の問題点があるから改憲するのであって、改憲が目的で、その根拠を探すような、現在の希薄な改憲論は危険がいっぱいです。後になって後悔できません。もっと議論を深めることが大事であり、改憲目的の改憲には断固反対したい私なのでした。

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