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2006/03/25

なんとなく茶番?(偽メール実名公表のこと)

 久々に、マスコミネタです。世間を騒がせた、永田議員の偽メール問題について、私は忙しさにかまけて、何も発言してきませんでした。まあ、正直旬の過ぎた話題なので、中身についてはもう語りませんが、今回の疑惑の偽メールを提供したという人物の実名を公開したことについては、私なりに考えることがあります。と言っても、実名公表がおかしいとか、もっと早くするべきだったとかということではなく、この「実名」という「非公開情報」のマスコミによる扱われ方です。私の屁理屈によれば、ある意味、このメールに関する問題の扱われ方は「茶番」としか言いようがありません。

 何が「茶番」なのか?。
 最近のワイドショー系の番組で、盛んにこの偽メール提供者を公表するのかしないのか、マスコミの記者と永田議員、あるいは民主党とのやり取りが放送されていました。事実を隠さない方がいいのではないか?との問いかけに、永田議員が必死に抵抗していましたが、最終的には国会での公表となったわけです。
 しかし、記者が公表するのかしないのか?と問い詰めているのも関わらず、同じ番組の中で、レポーターが、この偽メール提供者の自宅に直接出向き(モザイクだらけの映像)、「ピンポーン」と玄関ホンを鳴らしているではありませんか。その家にはいない(引っ越した?)となると、今度はその偽メール提供者の携帯に直接電話をし始め、繋がらないことを確認しているのです。

 永田議員が公表するもしないもありません。マスコミは実名どころか、この渦中の人物の住所も知っているし、電話番号まで熟知しているのです。何もかも知っていて、黙っていればともかくも、モザイクだらけの映像で、あたかも隠された情報のように装いながら、政治家に対して公表するかしないかなんて迫っているのです。これはまさに、情報を持たない国民を下に見ながら、政治家とマスコミとの茶番としか言いようがないと思いませんか。
 
 実名公表がそんなに大事なことならば、情報をつかんでいるマスコミが公開すればいいことです。マスコミによる公開に問題があるのであれば、知ってるそぶりも見せるべきではありません。「知ってるんだけど教えな~い!」「でもちょっとだけ教えちゃ~う!」ってなばかな報道はあまりにも幼稚ではありませんか。しかも正義をちらつかせながら、公開という責任を政治家の方に押し付けるやり方は、ちょっと汚いのではないでしょうか。

 私は、マスコミに対して不思議に思っていたことがあります。例えば、誘拐事件が起き、犯人逮捕となったときに、ニュースなどでこの誘拐事件のことが速報されるわけですが、この時の「この事件に関し、我々は被害者に危害が及ぶ恐れがあったため、事件解決まで報道を控えておりました」ってなアナウンスが入ります。しかしこれ、おかしいと思っていたのは私だけでしょうか。報道を控えていたということは、誘拐事件が起こったという「情報」はつかんでいたということになります。しかし、なぜ被害者に危害が及ぶかもしれない重大な情報が、警察からマスコミに流れているのでしょうか。それとも、マスコミだけは、特別に知る権利が認められているとでもいうのでしょうか。仮に知りえたとして、なんで、報道を控えていたなんてアナウンスする必要があるのでしょうか。「私たちは何でも知ってるんだけど、教えられなくてごめんなさ~い!」なんて、マスコミは何様のつもりで発言しているのでしょうか。

 私的には、すでにバレバレの情報に、公開も非公開も何も意味がないと考えます。マスコミは「情報」のプロなんですから、普通知りえない情報も得ることはあるでしょう。しかし、その「優越感」を国民の前でひけらかすのは勘弁願いたいものです。

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