推定無罪とは何か?(2)
秋田の豪憲君殺人事件の容疑者として、こともあろうにその一ヶ月前に事故死したとされた、彩香ちゃんの母親が逮捕されました。逮捕されたことを受けて、ニュース、ワイドショーではいっせいにこの母親のことを報道し始めました。我々一般人は何も知りませんでしたが、地元では、豪憲君事件直後から、この母親が怪しい人物(犯人かもしれない)とされていたようで、報道陣が家の周りをとりまき、注目していたようです。朝のワイドショーではこの報道陣に対する、傲慢な母親の態度を放送していましたが、この母親の態度も傲慢なら、報道陣も節操がないというべきで、こんな報道陣に対し、鳥越俊太郎氏が「推定無罪」という言葉を使い苦言を呈したことは特筆に値すると感じました。
推定無罪という言葉は、ブログの世界ではホリエモン逮捕の時に盛んに使われました。しかし、真の意味での推定無罪の実践は不可能であり、ある意味、ホリエモンだけに推定無罪を当てはめるのはおかしいということを、「推定無罪とは何か?」で指摘させていただきました。ただ、だから推定無罪なんて考えなくていいと思っているわけではありません。むしろ逆で、現行の報道に対しては心構えとしての「推定無罪」をしっかり実践してもらいたいと常々思っています。
そんな意味で考えると、インサイダー取引による村上世彰氏の逮捕前の報道は、推定無罪の域を超えたものではなかったでしょうか。捜査段階であるにもかかわらず、逮捕前提の報道がされ、いかに拝金主義か、金の亡者かということが嫌というほど強調されました。お陰で、村上ファンド関連の株価がどっと下がり、全体の株価も乱高下するはめになりました。逮捕前に「インサイダー取引で逮捕」といわんばかりの報道をし、株価を下げたわけですから、これこそ風説の流布のような気がしてなりませんが、実際に逮捕されれば事実の報道で問題ないとされるのでしょうか。まあ、株を毎日のように売り買いしている私の同僚に言わせると、こんなことぐらいはよくあること、むしろ早めに膿が出てよかったと言っており、全く意に介していませんが、最低限、推定無罪の報道の概念には当てはまらないのは明らかです。
そして、今朝の豪憲君殺害事件の、容疑者逮捕後の報道です。私は、推定無罪の一応の線引きを、「逮捕」においていますから、逮捕後にまるで犯人のように報道されることは、特に問題ないと思っています。もちろん、前回の記事で指摘したとおり、明らかに逸脱した興味本位の報道は慎むべきで、そこは推定無罪であることを念頭に置いた慎重な報道でなければならないと考えています。
今回の問題は、全国放送で、一般人には報道されていなかったことですが、事件現場の秋田では早くから今回逮捕された容疑者が怪しい人物として報道陣からマークされており、この容疑者宅の前には、壁になるほどのカメラが容疑者を付け狙っていたということです。そう、そこには推定無罪という概念は微塵もありません。怪しいから犯人だということを前提とした取材合戦が繰り広げられていたと考えられます。
今朝のワイドショーでは、今回の逮捕を受けて、この逮捕前に撮り貯めていた容疑者のテープを一斉に解禁していました。推定無罪の概念から、逆に逮捕されればどんな映像を流してもいいと考えているのでしょうが、そこには犯人を犯人らしくという手法がふんだんに使われており、慎重な報道姿勢ほとんどはありませんでした。しかし、ワイドショーにコメンテイターとしてでていた鳥越俊太郎氏が、全く脈絡のない部分で、この逮捕前の容疑者への報道姿勢に苦言を呈しました。
「推定無罪」という概念から、(逮捕前の取材で)このようなメディアスクラムを組むことは、自粛してきたはずなのですが・・・。番組が、容疑者を徹底的に叩いている最中に、このような取材のあり方には問題があると指摘したことは、非常にびっくりしましたし、非常に勇気がいることだと思います。おそらく、自分がコメンテイターとして番組に参加している以上、これらの報道に対して責任を感じ、同罪と感じたからこその発言と思われますが、他のコメンテイターも司会者も、何言ってるの?って感じでしたから、極めて特異な発言であったことは確かです。同席した弁護士は「国民の知る権利との関係で難しい問題」などと発言していましたが、本来、推定無罪の上に知る権利があるはずで、次元の違う話だと感じるのは私だけなのでしょうか。
今まであまり意識をしていませんでしたが、鳥越氏というのは、ただのジャーナリストではないということを認識しました。興味本位の報道が、当たり前のように許されている現代において、一石を投じてくれる存在ではないかと密かに期待をしたいと思っています。
人気blogランキングに登録しています。ぜひ清きクリックを!
↑↑クリック!
[ゴーログ]秋田事件のマスコミ報道を考えるへ、おそだしTBさせていただきました。
| 固定リンク
コメント
推定無罪というのは裁判官の判断指針です。というのは犯罪を認定し罪を科することができるのは三権分立における司法権をもつ裁判所しかないからです。
マスコミの人達が常日頃腐心しているのは取材相手の名誉を毀損しないかどうかということです。名誉毀損の条文は刑法230条にありますが、特に230ノⅡの2項がマスコミ関係者にとって重要な意味を持ちます。そこでは公訴提起前に名誉毀損にならない要件が記載されています。マスコミ各社は知る権利という表現の自由の一側面を盾にして、名誉毀損にならないよう取材相手のプライバシーに切り込むのが職責です。
ちなみに、警察は基本的人権を尊重しつつ事案の真相を解明するのが職責です。
ちまたで話題になる実名報道の是非とは国民の知る権利をしょって立つ報道の自由と被疑者のプライバシー権とのせめぎ合いとして問題になります。
僕は鳥越氏は大谷氏ほどでないにせよ、ピントがずれて問題提起をする方との認識です。特に教授職に就かれてから、抽象論に過ぎるきらいがあります。彼の凄みは調査報道だったのですが。。
投稿: USUI | 2006/07/01 07:44
USUI様、コメントありがとうございます。
「推定無罪」の認識は、私も裁判用語と考えており、「推定無罪とは何か」でエントリーとさせていただいております。その他、ご意見誠にありがとうございます。
USUI様は、例えば「職責」という言葉をお使いですが、「職責」であるから、マスコミは現在の形の取材姿勢でいいとお考えなのでしょうか。私個人としては、正直違和感のあるところです。
鳥越氏の評価は、もちろんいろいろあるとは思いますが、テレビの中で、あの取材はおかしいと言える人物は、なかなかいないというのが、私の感想です。
投稿: 彰の介 | 2006/07/02 00:21
言葉足らずで申し訳ありません。自分の考えとしてはマスコミの取材姿勢に対して完全におかしいという立場です。そして裁判原則である推定無罪という近代刑法の枠組みは商業マスコミの指針にはなり得ない、というある種の絶望感から何とか巨大なメディアに対抗できる手段はないだろうか、という問題意識からコメントを書かせて頂きました。あと同い年、岐阜県ということでシンパシーを感じたことでしょうか。
実際問題、名誉毀損罪は検察側が起訴することはほとんどないので刑事司法は抑止力になりえず、職責を超えた取材相手のプライバシー侵害は民事上の金銭でしか補填されなく、社会的なダメージは消えることはありません。このマスコミの、下品な言葉ではありますが、やり逃げ状態の中では弱い立場の被取材者はマスコミ相手にカメラを向けることくらいしかできません。オウム事件の時に奇異に見えたこの振る舞いが、絶望の象徴としての最後の手段にさえ見えます。メディアスクラムに対抗できず、せっせと訴訟上の準備をしている訳です。ホリエモンもやはりマスコミにカメラを向けていました。
いったん形成されてしまったマスコミの論調は当然裁判にも影響します。裁判官は国民の直接的信託を受けないだけに、それだけでないにせよマスコミ世論に対して非常に敏感だからです。つまり裁判の進展に関わってくる以上、オウムだから、ホリエモンだから、村上だからというのは警察、検察という捜査機関に対する漫然とした素朴に過ぎる信頼でしかありません。勿論事件の被害者のために日夜公務に励む彼らをとても凄いと思います。しかし、自分たちの捜査のしやすいようにマスコミにリークしそしてマスコミが無批判に報道し公開法廷の前に既につるし上げられる構造にはカフカの審判を読むまでもなくとても恐ろしい気がします。ホリエモンの拘置所での生活は何故か報道され、村上氏のそれは聞こえてきません。
最後に僕自身が考える、このような状態に対する施策としてどういうものがあるかについて書かせて頂くと、アクセス権を認めるメディアへの税制的な優遇措置を行うことはできないかと考えています。表現の自由はマスメディアの自由と同義でない以上、国民の知る権利の代弁者と強弁するくらいであれば自らの編集権を抑制しても国民の知る権利に誠実に対応してもいいのではないかと思うからです。裁判員制度が始まりますが、法廷闘争の前に国民に自由闊達な議論の場を与える、信頼できる媒体の創設の方がより健全な民主主義に資する、つまり誰もが裁判官あるいは裁判制度は比較的健全と考えている以上、問題はその前段階である情報の流通部分ではないかと考えています。
投稿: USUI | 2006/07/02 20:47
USUI様、コメントありがとうございます。
推定無罪が、マスコミの指針になりえない絶望感は私にもありますね。さらに、マスコミ相手にカメラを向ける等の行為・・・、これは、逆に、「変なことをする集団あるいは人」として、マスコミに逆利用されてしまっています。全く手の施しようもありません。
私は、こんなマスコミに対する対策を持ち合わせていません。せっせと、インターネットの片隅で問題提起するくらいしかないんですね。マスコミも悪いのですが、その情報を鵜呑みにして、逆に欲している顧客がいる以上、それぐらいしかやりようがないのかなあ?と感じてしまっています。
そんなことで、同郷ですか?。岐阜弁のエントリーもしていますので、暇だったら見てください。それでは。
投稿: 彰の介 | 2006/07/03 18:51