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2006/08/09

「責任」ってなんだろう?

 埼玉県ふじみ野市の市営「ふじみ野市大井プール」で、小学2年戸丸瑛梨香(えりか)ちゃん(7)が流水プールの吸水口に吸い込まれて死亡した事故がありました。あまりにもショッキングな事故であるがゆえに、そのずさんな管理体制に批判が集中しているわけですが、どうやらこのプールだけの問題でなく、何千という全国のプールで、吸水口の不備が見つかったようです。不謹慎なことを言えば、たまたまこのプールが目立つ形で事故を起こしてしまったと言うだけで、本来なら別のプールで、別の自治体やら管理会社が叩かれるはめになっていたのかもしれず、自分達に災難が降りかからなかったことで、胸をなでおろしている人が、全国に何人もいるのでしょう。

 この事件を語るとき、いろいろな切り口があるのでしょうが、私は「責任」という切り口で語りたいと思います。
 このプールには、管理室と言うものがあり、管理会社の現場責任者が詰めていたようですが、まず、この現場責任者に、責任感はあったのでしょうか?。つまり、足しげくプールの状況を巡回して点検し、アルバイトの高校生達に目を光らせていたのでしょうか。残念ながら私が想像するに(あくまで想像ですが)、現場責任者と言っても、おそらく、この管理室に詰めているのが仕事であり、現場はアルバイトの高校生が見ているからいいやってなものではなかったのでしょうか。なにしろ、アルバイトに緊急対処法すら教えていないらしいのですから、そこに危機感は感じられません。ただいるだけの人を責任者と言うべきかどうか?。下手に現場に顔を出して、責任をとらされる方が問題だとでも考えていたのでしょうか。

 市に委託されていた管理会社に責任感はあったのでしょうか。まあ、正直、市に委託されたといっても、下請けに丸投げですから(それ自体も問題ですが)、下請けが、いい加減なことをしたら、自分の会社に責任が降りかかるという「危機感」は全くなかったのでしょう。そういう意味では、同様に、管理会社に委託した市には、管理会社がちゃんと仕事をしているのかということが心配にはならなかったのでしょうか?。実際は、委託してしまったら、もう責任はないからいいやってなもんなんでしょうね。これまた、市と業者の間の談合がバレバレですから、「責任」とか、「危機感」とか、そんなものは二の次で(二の次ならまだましですが、全く考えてなかったかも・・)、「管理」という名目の公共投資、すなわち、金をまいている市と、そこに群がる業者という関係が存在するだけのことなのでしょう。事故が起きないと、そこに「責任が問われる」ことに気付かない・・・、実におろかな話です。

 国はどうなんでしょう。プールの吸水口の点検を徹底するように「通達」を出していたようですが、残念ながら、この紙切れを出したことで「責任」を果したと勘違いしているのですから、これまた実に寂しい話です。実際、今回の事故を受けて行われた検査において、全国で何千もの不備が見つかったことの「責任」を国は感じているのでしょうか?。紙切れを出すことだけなら、馬鹿でもできます。それが徹底されていなければ、それこそただの紙切れだということに気付かないのでしょうか。通達出していたから、今回の事故は国の責任ではない・・、って言われても、実際一人の尊い命がなくなっていることをどう考えているのか、聞いてみたいものです。

 責任や危機感を全く感じていない現場と、責任逃れに日々努力している国。
 ところで、人の命に関わることは、プールの吸水口だけなんでしょうかね?。事故があったからって、慌ててそればっかりやってて大丈夫なんでしょうか。事故が起きれば対処するが、起きなければ、問題はなし・・・、実におめでたい話ですが、こんな無責任体質が変わらない限り、また次の犠牲者がどこかで出るだけのことなのではないでしょうか。

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