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2007/01/29

「あなたはやっぱり忘れられた」

 2001年1月26日、東京・JR新大久保駅で、ホームから転落した男性を助けようとして、韓国人留学生と日本人カメラマンが亡くなるという惨事がありました(うっかりしていましたが、転落した方も亡くなっています)。ちょうど一年前、「あなたは忘れられている」というエントリーで、マスコミ各社の多くが、韓国人留学生、李秀賢さんばかりを報道し、同じ勇気ある行動をとり亡くなった日本人カメラマン関根史郎さんを、無視していることが多いということを書きましたた(前回エントリーにも書いたのですが、李秀賢さんにケチをつけるつもりは毛頭ありません)。この事故をモデルにした映画「あなたを忘れない」の撮影が進んでいるとのことだったため、まさか、映画の中でも関根さんは忘れられていないだろうか大変気になっていたのですが・・・。
 そしてついに、この映画「あなたを忘れない」が1月27日公開され、それに先立って行われた試写会には、天皇皇后両陛下も出席されたようです。しかし、その内容はというと、どうも残念ながら私の憂いが当たってしまったといううわさがもちきりです・・・。

 私はこの「あなたを忘れない」を見ておりませんので、本当はなんとも言いようがないのですが、オーマイニュースの記事を見たところ、予想通りというかなんというか、マスコミ報道で関根史郎さんの扱いが小さいのと同様に、この映画においても、関根さんの扱いは脇役程度のようです。上記リンク・映画のオフィシャルサイトのキャストにも関根史郎の名前は出ていません。これが、韓国人による韓国人のための映画であれば、それはそれでいいのかもしれませんが、日韓合作映画であるということを考えると、極めて残念というか、日本人スタッフがいながら、なんとも思わなかったのか?が不思議でなりません。そんな扱いで、「故・李秀賢さん、関根史郎さんにささげます」というのは、大いに問題があるでしょう。

 実は前回エントリーで、関根史朗さんの母方の従兄弟という方からコメントをいただきました。エントリーで紹介したいと思いつつ、一年が経過してしまったことをこの場でお詫びします。ここで紹介させていただくと、

古い話になりますが、事件直後よりマスコミの報道は李さん中心でありましたが、それを気にされて李さんのお母様が史朗さんのお母様に「私の息子ばかり取り上げられていて申し訳ありません」と仰られたと聞いています。悲しみの最中の心遣いに私も大変感謝したことを覚えています。
この内容が真実だとすれば、この映画を関根さんのご家族の方がどんな気持ちで見られるのかということはもちろんのこと、李さんのご両親も心から納得して見ておられるのかどうか、疑問が残るところです。そんなことを考えると、故人にささげるというよりは、「そこに美談があったから映画にしちゃえ!」っていうノリが見え隠れしてしまい、なんともいえない気持ち悪さが残るのは私だけでしょうか。 

 それにしても、どうしてこの映画のタイトルに「あなたを忘れない」を選んだのでしょうか。本当に皮肉としか言いようがありません。そして私は、「関根史郎さん、あなたを決して忘れない」と宣言させていただきます。もちろん、李さんも・・。

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2007/01/23

神様的マスコミと謙虚な心

 「あるある・納豆ダイエット事件」は、すでに多くの方々によって評論されています。世間的には、嘘の報道がされたことに愕然とする反応が多いようですが、ネット評論家の皆さんは、そもそもあの手の番組を信じる方がいけないと、騙された国民の側をたしなめる意見が多いように思います。そういった意見に私も賛成なのですが、一方、今回の番組を放送したテレビ局関係者に対しては、詐欺罪でとっつかまえる必要があると感じていますし、基本的には局そのものを廃業させるべきだと考えます(本気!)。インサイダーというか、口利きというか、国民を煽動し、だまして不当な利益を得つつ、一部企業に利益誘導した罪は、そんなに軽いものとは思えません。

 既存のマスコミに対する批判は、この「彰の介の証言」でも何度か繰り返しました。
 そもそも、大マスコミから放出される情報を、我々は知らず知らずのうちに神聖なものとして捉えがちです。莫大な情報の中から、国民にとって大事な情報だけが選りすぐられ、その信憑性はもちろんのこと、公平であることに関しても何の疑いも持たないところがあります。
 
 しかし、例えば交通事故にしても、年間何千人という人が亡くなっているにもかかわらず、ほんの一部の事故しか取り上げられません。それが、「神様」が重要だと思った事故を取り上げているならともかくも、実際には話題性の大きい事故が取り上げられることになるのでしょう。一部マスコミに取り上げられた事故の犯人はめちゃめちゃにこき下ろされることになるわけですが、一方、危険運転致死傷罪で起訴された?(正確じゃなくてすみません)人間が、昨年300人近くいたそうですから、それら多くの”ど悪い”ドライバーは、マスコミにお目こぼしをしていただいた事になります。事故で亡くなられた犠牲者の方々も、ワイドショーなどに取り上げられれば、その生い立ちから将来の夢まで持ち出して悲しさが過剰に演出されますが、これまた、7000人近いその他の事故で亡くなられた方は、何の夢もなかったから取り上げられなかったのでしょうか。

 私は、救急外来という場で働いていたこともあり、それはもうとんでもないドライバーによる、とんでもない死亡事故や、突然死亡した家族の痛すぎるほどの悲しみに遭遇したことが何度もあります。しかし、それら事故の多くは、翌日の新聞の地方欄か、三面の下の方に、小さく「○号線で、交通事故があり、2人が死亡1人が重軽傷を負う事故があった」ぐらいの記事にしかなりません。一方、死亡事故でなくても、「東名で30台玉突き事故」なんていうのは、一面記事を飾ることになるわけです。

 私が言いたいことは、次の2点です。「マスコミによる情報の取捨選択は、神様による選択ではなく、たまたまマスコミの事情で選択されたものであるということを、我々は知っていなければならない」ということと、「マスコミは、情報を取捨選択しているということに対して謙虚でなければならない」ということです。そして、「取捨選択」に限らず、「公平性」についても、「正確性、信憑性」についても、つまりは、報道の全てに対しても同様のことが言えると思うのです。
 ということで、これまた、前回記事(コウノトリの郷と彰の介の愚)、前々回記事(里山の柿の木)につなげるのですが、所詮マスコミも人間がやっていることであり、その人間の小さな知識や地域性と、経験を元に情報を提供するのですから、そういった報道に関わる人間の小ささというものに対して、常に「謙虚」でなければならないのが当然、というのが最近私の達した結論です。謙虚さの中から、「納豆2パック食べると痩せる」なんていう無責任な放送は決してできません。自分達が神様的な立場であると信じて疑っていないからこそ、ああいう報道ができるに違いありません。
 
 まあ、そんなことで、「そういうお前は謙虚なのか?」と突っ込まれそうですが、う~ん、わかりません。大マスコミを見下したこういう記事は、謙虚さを忘れている記事??かもしれません。そのあたりは皆様のご判断にお任せしつつ、私は常に謙虚でいたいと考えている次第です(?)。

 追記:[ゴーログ] 「発掘!あるある大辞典2」問題で語られていないことに、ちょっと無理やりおそだしトラックバックさせていただきました。

 追記:海外からの変なトラックバックがやたらと来るため、この記事のトラックバックは無期限に受け付けない設定としました(07/2/8)。

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2007/01/16

コウノトリの郷と彰の介の愚

 兵庫県豊岡市に県立コウノトリの郷公園があり、絶滅したコウノトリの人工飼育と、自然に復帰させる計画があり、一部公園生まれのコウノトリが放鳥されたようです。以前NHKでこの取り組みを放送していましたが、一応自然大好きの私としては、非常に興奮しています。コウノトリばかりでなく、佐渡のトキもいずれ放鳥される日が来るのかと思うと、待ちきれない思いでいっぱいです。

 これら絶滅した鳥の自然復帰が、自然環境保護という観念からも、人間の生活を含めた生態系の正常化という面でも、人間にとって多くのメリットがあることは間違いありません。コウノトリの餌場確保のために、米つくりでは無農薬・有機農法(全てかどうかわかりませんが)が行われているようですし、そんなイメージのよさから、豊岡のお米は高く売れていると聞きます。豊岡だけでなく、全国にコウノトリやトキが飛び交うようになれば、開発ばかりが進行する日本列島に待ったがかけられる、いや、以前の美しい日本の風景が戻ってくるような期待もあります。

 私が、豊岡の様子を放送していたNHKの番組で、非常に興奮した場面があります。それは、田んぼの水を抜いて、田んぼにいる魚を捕まえて餌場の状態を観察する場面だったのですが、それはもう大量のフナやドジョウ、モロコなどにあふれかえっていました。大量の魚が取れて、ピチピチと跳ね回っている様子に、私は子供の頃の魚とりを思い出し、大興奮し、あの魚たちを手づかみしたい欲求に駆られてしまいました。私はコウノトリの放鳥が、自然保護の観点からすばらしいことなんてことを、実は一番に考えているわけではなく(笑、二段落目の文章はなんだったのか?)、子供たちが(ついでに私も、笑)、魚とりに興奮できる環境が戻ってくることを非常に楽しみにしているのです。
 
 私の田舎も、私が生まれた頃は360度”田んぼ”ばかりでしたが、30年以上たち、ほとんどの田んぼに建物が建ってしまいました。昔はたくさんいたカエルも、魚も、全くいなくなりました。梅雨の時期に、なまずが田んぼに産卵しに来たこともありましたし、小さな子供のなまずを捕まえて、育てたこともありました。今となっては、夢幻のような話です。

 そんな私が、勝手に考えていることといえば、私のように田んぼの中であそんだこともない、魚とりなんてしたこともない人たちには、あの魚があふれている情景に、何の感情も湧き上がってこないのだろうなという非常に残念な思いです。しかし、そんな方々でも、自然保護という面や、無農薬、有機農法という言葉には、大いに関心があるでしょう。そんな経験のない、あるいは薄っぺらな感情の上にある自然保護ってなんだろう?という疑問が、わかりやすく言えば、東京ローカル人に代表される都会人による、上っ面の言葉だけの田舎の自然保護でいいのか?という疑問が、わいてきているということです。

 といいつつ、私も上っ面の言葉や感情でものを語っている一人だといえます。私は、農業の経験が全くありません。田んぼの真ん中で子供時代を過ごしましたが、家が農家であったわけではないからです。例えば、大百姓の家から嫁いで来た私の母の、結婚の第一条件は、農業をしなくてもいい家だったといいます。それ位、農業とは過酷で、いやなものだったといいます。現在の農業が、機械化により昔ほど大変でないことは確かかもしれませんが、それにしても、その苦労を知らない私のようなものが、魚があふれる田んぼがどうのこうのと言って、より手間のかかる農法をわざわざやっている農家の方々気持ちを本当に理解できるのかどうかということは、大いに問題のあるところでしょう。

 経験も知識もない、しかも当事者でない我々が、言葉(自然保護という言葉や無農薬という言葉)に踊って、コウノトリを飛ばそうなんて発言する場合には、より謙虚でなければならないという気がしてなりません。そんなことで、前回エントリー、里山の柿の木に無理やりつなげるわけですが、薄っぺらな知識や感情で、ものを語る愚を、報道の方々にも、そして我々も、注意しなければならないと考えるのです。ものを語ることを難しく考えすぎ??、かもしれませんし、私も自分で言う愚を、今後も犯し続けるのでしょうが(笑)、まあ一応「彰の介の証言」は謙虚にものを語っていきたいと思います。

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2007/01/12

里山の柿の木

 昨年の秋だったと思いますが(古い話ですみません)、テレ朝の報道ステーションで里山の中継がありました。秋の里山の中に、古びた一軒家があり、その隣に、見事に実をつけた柿の木が一本あるという、それは美しい風景で、写真愛好家の方々の格好の撮影スポットになっているとのことでした。番組では、ライトアップされた柿の木を放送していましたが、木の枝一杯に実をつけたその柿の木は見事の一言で、なくならないでほしい日本の風景だなあと感じていました。

 しかし、この中継の中で、きわめて残念だったのは、中継したアナウンサーの発した次の一言でした(といっても、実際話していた言葉を忘れてしまったので、ちょっと恣意的に改ざんして、私の気持ちがわかるように加工させていただきました)。

この柿の木は、なぜか2年に1度だけ、このように見事に実をつけるそうです
 うむむ、残念。2年に1度しか訪れない貴重な風景であることを強調したかったのでしょうが、言わない方が良かったですね。家の庭に柿の木があり、柿を非常に身近に感じている(故郷岐阜は、柿の産地でもある)私としては、一言突っ込まざるを得ません。じつは基本的に柿というのは、一年おきに実がなったり、あまりならなかったりする植物であり、この中継された柿の木に特有の現象では全くないのです。ごく当たり前のことを、なんとも不思議で神秘的だと演出されてしまったことは、知っているものからすると、あまりに興ざめしてしまう一言だったのです。

 おそらく現地のアナウンサーは、原稿を読んでいたのでしょうから、そのアナウンサーだけが知らなかったわけではないでしょう。原稿を書いた人も、テレビのスタッフも、誰も柿の木のそんな性質を知らなかったのでしょう。私からすると、あまりに当たり前すぎる話なので、誰も知らないというテレビのスタッフにはびっくりしますし、それでいて、里山の風景が美しいという感覚には、なんとなく違和感というか、うさんくささを感じてしまいます。
 何も知らない人間が、何も知らないことを評価するという矛盾、私が偉そうにいう話ではありませんが、昨今のテレビ番組や報道はそんなパターンばかりです。

 そんなことを、あざらしさん▽どっちもどっちという記事を読んで思い出してしまいました(あまり関係なかったらごめんなさい)。しかし、私自身も、全てを知って、モノを書いているわけではなく、そのあたりが自己矛盾なわけですが、そんな自己矛盾ネタを、次回・・(予定は未定)。

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2007/01/09

ついに歯の治療はじめました

 いやいやいやいやいや、ついに、念願の虫歯の治療に行ってきました。口の中にクレーターと洞窟が・・というエントリーで、虫歯があることを告白したのが、昨年の3月・・・、4月になったら治療に行くといっておきながら、結局何もしていませんでした。さすがに、このところ、ひどい痛みが数日に一度のペースで襲ってきていたため、観念して歯医者さんへ行くことを決意しました。

 小学生のとき以来、ざっと25年ぶりくらいの歯医者さん。大人気なく、異様に緊張しました(笑)。だいたい、麻酔をしっかりかけてもらった後、「口ゆすいでください」といわれて水で口ゆすいだら、その水がしみてものすごい痛みが襲ってきましたから、麻酔もろくに効かない相当な虫歯であったと思われます。また、削る時、痛かったら左手上げてくださいといわれていましたが、ドリルの最初の接触でさっと左手を上げた自分に情けなさも感じました(笑)。結局、麻酔を2回かけてもらい、さらに直接神経に麻酔を打ち込んでもらって、あごがびりびりにしびれている状態になって、やっと痛みが遠ざかりました。我ながら、早く治療をしておけばよかった・・・と、感じましたが、自分の職業を考えると、本当に情けないばかりです。

 それにしても、徹底して痛みをとる処置をしてくれたのは助かりました。一昔前だったら、痛みは根性で我慢しろなんて言われたかもしれませんが、はっきり言って、我慢できませんよ。子供が泣くのもわかります。しかし、今回は洞窟の治療をしただけで、まだクレーターの治療が残っています。さらに、別の歯もヤバイと指摘されており、この地獄がいつまで続くかと思うと、また歯医者に行かなくなっちゃったりして・・・。

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2007/01/05

NHKから返事がきたよ

 先日、高校駅伝も個人情報保護?というエントリーを書きました。高校駅伝の放送で、実況や解説の方があまり選手名を言わずに、高校名を前面に出していたような気がしたのですが、何か意図があったのかなあ?・・というどーでもいいことを考えたというお話です。どーでもいいので、そのままにしようと思っていたのですが、でもやっぱり気になって(笑)、そのあたりの事情をNHKにメールしてしまいました(笑)。

 どーでもいい質問にもかかわらず、ちゃんと答えなければいけないHNKは、実に涙ぐましいですね。本日NHK大阪放送局から回答が来ちゃいました。そのままを載せるのはブログ法第305条に抵触するかもしれないので(?)かいつまんで返答を載せますと、

ご指摘の通り、高校駅伝では比較的、選手の名前ばかりを言うことは少なくしている。 その理由としては、全国的に知られた選手がそれほどいない、例えば、「佐藤と山田が5位争いを繰り広げています。」と言っても、どちらが佐藤でどちらが山田かを分かる視聴者は少ないのではないか、と考えている。それよりは、応援している都道府県・学校を多く使ったほうが分かりやすいだろうということで、県名・学校名を多く実況では使っている。(原文は丁寧語です)
という返事が来まして、私の気のせいではなく、意図的に高校名や地域名を多く実況では使っているということがわかりました。
 一応、上のように、名前を言っても区別がつきにくいからということを第一の理由として挙げていますが、私が考えるに、本当の理由は、後段で語っている視聴者に対する配慮が主なのではないでしょうか。つまり、視聴者は、地元の県代表を応援したり、出身校を応援しているわけで、個人にスポットを上げるよりもそちらに重きを置いた方がより受けがいいという狙いです。
 まあ、まさかNHKに「うちの高校名をもっと実況で叫んでくれ・・・」なんていうリクエストというか、クレームが山のようにきているからやむなくそうしている・・・なんてことがないことを祈るばかりですが・・・。

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2007/01/02

平成19年明けてしまいました!

 皆様、明けましておめでとうございます。本年も、しょうーもないやぶ医者の遠吠え、「彰の介の証言」をよろしくお願いいたします。
 実は元日から当直をこなしておりまして、本日1月2日は、爆睡の一日でした。私は職業柄やぶ医者をやっていますが、正月に休みが取れたのは昨年だけです。やっと休みが取れる身分になったと思ったのもつかの間、本年も元日からお仕事になりました。病に休日はありませんが、やぶ医者に休日を下さい・・、無理か・・。

 ネットの世界というのは、顔が見えないのが、よくもあり悪くもあるわけですが、年齢も、社会的立場も、何もかも通り超えて交流できるのはすばらしいことだと思っています。昨年末、引きこもりの被害妄想系(笑)の私にしては珍しく、ブロガーの皆さんのお誘いにのりまして、密会に参加させていただきました(dawnさんあざらしさんガ島さん)。私のようなしょーもないブログを立ち上げている者の相手をしてくださるのも大変うれしかったのですが、それぞれお立場のある方々ばかりですので、ブログがなければお会いすることなんてありえなかったでしょう。ぜひとも、またお会いできることを願っております。

 ということで、本年平成19年も明けてしまいました。どんな一年になるかわかりませんが、皆々様にはくれぐれもお体だけにはお気をつけいただき、私のようなやぶ医者の診察を必要としないことをお祈りいたします。

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