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2007/02/13

だだくさな食卓2

 前回エントリーだだくさな食卓では、マグロなどが取れなくなると嘆く一方で、我々がいつの間にか、食のありがたさを忘れ、だだくさにたべ、だだくさに捨てているのではないかということを書いてみました。
 ちなみに、だだくさというのはどうも方言のようですね。前回エントリーのコメントにも書いたのですが、これを標準語にするとなると、なかなかぴったりくる言葉はありません。いい加減に、無造作に、もったいいないと感じることなく・・・ってな意味だと思いますが、それでもニュアンスが完全に伝わらないもどかしさがあり、変なところで方言の奥深さを感じてしまいました(笑、以前岐阜弁のエントリーもしています。こちらもどうぞ。)。
 
 ところで、食材のありがたみとは、そもそも、生きていくために必要なものという意味が最も根源的であり、前に書いた私の憂いのように、食材を捨てるということへの感覚の鈍磨は、それはそれで大問題です。
 しかし、今回はそれをちょっと置いておいて、食材のありがたみというのを、ごく単純に「高くておいしいもの」という意味に解釈し、だだくさになってしまった食卓を考えてみました。
 
 例えば、私は寿司屋で初めて食べた「甘エビ」の感動が、未だに忘れられません。まあ、よく言うところの、この世にこんなおいしいものがあったのかというやつです。そしてたま~に寿司屋さんに連れて行ってもらえば、喜び勇んで「甘エビ」を頼んでいたことを思い出します。
 そんな私にとって、今、世にはびこる100円でぐるぐる回っている「甘エビ」がなんとも許せません。そんなに安く当たり前に食べちゃったら、そのおいしさの感動が、全くないじゃんか!!と言いたいわけです!。実際、私も、だだくさに「甘エビ」を食べるようになり、昔の感動が、全くなくなってしまいました。こんなにも世にたくさん出回るようになり、私のように「甘エビ」に感動を覚える人もいなくなってしまったでしょう。

 エビつながりでいえば、北海道旅行をしたとき食べた「ボタンエビ」にも大感動しました。こんなおいしいものが北海道に来れば食べられると感動したのですが、これがまた最近、どこでも食べられる食材になりつつあるのをみて、正直興ざめしています。これがまた、ぐるぐる回るところで、干からびた「ボタンエビ」が回っているのを見ると、ああ、こいつもだだくさな食材になり下がってしまったかと感じてしまいます。そもそも、日本人はエビを食べすぎで、ものすごい量のエビを輸入しているようですが、私は、もうすこしありがたみをもって食べるべきだという気がしてなりません。
 さらに方言つながりで(強引・・)、名古屋弁でエビフライのことを「えびふりゃ~」と発音するのを揶揄するむきが以前ありました。私は、名古屋のお隣の岐阜県人であり、同じ言語圏?の名古屋弁にも精通しているわけですが(笑)、なんとなく、なんとなくですが、この「えびふりゃ~」という独特の発音には、「ご馳走の」「とってもおいしい」という意味が含まれているような気がしてなりません。だだくさに食べられるようになってしまったエビフライは、エビフライであり、ありがたく、感謝しながら食べるのが「えびふりゃ~」なのです。まあ、もちろんそんなことを意識しながら発音したり食べたりする人はいるわけありませんし、こういういい加減なことをいっているといろんな人からおしかりを受けそうですが、なんとなく、なんとなくですけれど、そんなことを感じている私なのです。

 ところで、別の意味で、ありがたみを忘れられない食材というのもあります。「ウニ」なんていうのは、明らかにだだくさな食材になってしまった代表といえるでしょう。私の高校の先生が、「一年に一度だけ、お寿司屋さんでウニを食べるのが楽しみ」と言っていたのを思い出しますが、私は「一年に三度は食べられるなあ、先生よりはお金持ちだ!」と密かに優越感に浸っていました(大笑)。要するに、ウニというのは、ありがたい食材(高くてそうそう食べられない、おいしい食材)の代表でした。しかし、今や世界各国からウニは輸入されて、極めてだだくさになってしまいました。
 しかし、この安いウニ、確かにだだくさに食べることが出来るようになり、そのおいしさや感動を忘れてしまった可能性もありますが、最近のウニ、要するに輸入物のウニと思われますが、正直臭くないですか?。薬品臭いというか、生臭いというか・・・、ぐるぐるまわるところのウニも臭いので、あまり好んで取りませんね。ぐるぐるまわらないお寿司屋さんでも臭いことがありますが、時々「大当たり」の臭くないウニに当たると、昔の感動がよみがえりますね。だだくさになったお陰で、本来の味を忘れずにいられるというのは、なんとも皮肉なことではありますが・・・。

 マツタケは、いくら輸入物が増えたといっても決して安いとは言えません。しかし、昔と比べれば、手に入りやすくなったといえるでしょう。おかげさまで、昔よりだだくさにマツタケを食べるようになりました。しかし、これまた気のせいかもしれませんが、昔嗅いだ、ツ~ンと来るような、強烈なマツタケの香りを、ここ20年近く嗅いだ覚えがありません。輸入物は、香りが少ないのか、時間がたつから落ちてしまうのか、昔ほどの感動が全くないのです。お陰で、国産の「本物のマツタケ」の香りへの憧れがより強くなり、インターネットで国産物を手に入れようと試み、値段を見た瞬間にあきらめ、より憧れが増すという悪循環??に陥りました(笑)。
 これまた、香りのないだだくさなマツタケのお陰で、昔の感動をより増幅させているという、皮肉な話の第二弾ですが、とにもかくにも、久々にあの強烈な香りを体験したいと改めて感じています。

 まあ、そんな事例は上げればきりがないでしょうが、日本人が、豊かだと感じている今日の食卓の現状は、ただだだくさなだけかもしれませんし、実は貧祖でお寒いものかもしれないというお話です。いずれにしても、もう少し食というものに関心を持ち、ありがたみを感じながら食べなければならないと考えている私、彰の介なのです。
 
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