タミフル騒動
私は職業柄やぶ医者をやっていますが、医者の端くれとして今回のタミフル騒動についての意見を。
そもそも、インフルエンザというのは、ほんの数年前まで薬なんてありませんでした。しかし、現代の日本において、薬がなかったからといって、スペイン風邪のようにバタバタと人が死んでいったかというとそういうわけではありません。もちろん4~5日程度、高熱にうなされ、症状の軽い病気とは言い難いのですが、それにしても、死ぬ病気か、死なない病気かと聞かれれば、死なない病気というのが本当でしょう。
さらにいえば、タミフルの効果は、発症48時間以内に飲むと、発熱期間が1日程度短縮できるというものです。したがって、発熱2日たって飲んだところで、発熱が3~4日になるっていう程度のもので、本当に効いたんだか効かなかったんだか、よくわからない話です。
しかし、我々臨床医からすれば、ただ寝ててくださいとしかいえなかった病気に、治す手段を持てたということは、非常に大きなことです。少しでも症状が和らげることができるのであれば、また重症化を防ぐことができるのであれば、当然使いたくなるものです。また、患者さんもタミフルという名前はよく知っていて、インフルエンザとわかればぜひ出してもらいたいという患者さんはたくさんいました。医療機関によっては、インフルエンザを確認することなく、高熱というだけでタミフルの処方をするところもありましたし(やりすぎだとは思いますが・・)、インフルエンザの検査が陰性であっても(感染初期では陰性になってしまうこともある)、臨床症状からインフルエンザが疑われる場合は、積極的にタミフルを処方するところもありました。
なぜ、むしろ積極的にタミフルがインフルエンザに対する特効薬として使用され、脚光を浴びることになったのか。そのエピソードをよく思い出してもらいたいと思います。
数年前、インフルエンザがいかに恐ろしい感染症であるかという内容の報道がいくつも放送されました。特に、インフルエンザによる心筋症や、脳症による死亡例があるということを、また老人施設、老人病院等での集団感染による死亡例なども大々的に放送されました。特にインフルエンザ脳症はちょっとした社会問題になったような気もします。そのため脳症の発症の可能性が高まる解熱剤の併用が原則禁忌となりました。
さらに昨今の鳥インフルエンザの問題があります。強毒の鳥インフルエンザウイルスが何らかの変異を起こして人に感染可能になる、あるいは人に対するインフルエンザが強毒化し、明日にも大流行するのではないかと報道され、東南アジアで鳥インフルエンザによる死亡例が出ると、さあ始まったぞといわんばかりの報道がされ、インフルエンザに対する恐怖心が植えつけられてきたように感じます。
むしろ、インフルエンザにかかった場合、タミフルといういい薬ができたので、しっかり飲むべきだという雰囲気づくりが、報道によってされてきました。我々臨床医は、そのあたりの雰囲気に極めて敏感であり、患者さんがそれを望んでいることも強く感じました。それこそ、タミフルという特効薬があるにもかかわらず、それを処方せずにインフルエンザ脳症やら、そうでなくても重症化でもしようものなら、当然訴訟ものだったでしょう。インフルエンザで亡くなることは希で、薬の副作用を考えて処方しなかったといくら主張しても、そこにインフルエンザの特効薬があり、そこにインフルエンザで病態が悪化した人がいたのであれば、「なぜタミフルを使用しなかったのか」というのが強く問われることになるのは言うまでもありません。
ところが現在、インフルエンザとわかれば、原則的にタミフルを処方すべきという雰囲気づくりがされてきた中で、「異常行動」という極めて奇異な副作用が報告されるようになったとたんに、「我々はタミフルという毒を飲まされている」という全く180度ひっくり返ってしまった報道がされるようになりました。副作用の可能性がある異常行動を強調するあまり、昨今の報道に、「タミフルの効用」に関する説明はほとんどありません。まして、以前報道していたインフルエンザの致死的合併症についての報道もありません。ただただ、「服用すると異常行動を起こす」「異常行動の原因はタミフルである」ということが強調されるだけです。たやすくタミフルを処方する愚を犯してはならないという反省はもちろんありますが、タミフルの効能を無視していることで、「タミフル=毒」というイメージを植えつけつつあることは、非常に疑問を感じているところです。
私の考えはそこにつきます。つまり、タミフルは毒か薬かと聞かれれば、私は「薬」だと答えます。10代のインフルエンザ患者にタミフルの使用が原則禁忌となりましたが、当然「異常行動」という副作用のリスクをとってでも、タミフルを投与すべき症例はあるはずで、私はこの10代というくくりの原則禁忌は、逆に極めて危険な決定であったと感じています。
また、タミフルと異常行動の因果関係については、もちろん今後の研究で「あり」ということになるかもしれませんが、タミフルを内服した大多数の人は異常行動を起こさないということと、インフルエンザそのものでも異常行動を起こすことがありうるということがありますから、因果関係ありという結論を導くためには、相当に大規模で計画性を持った統計処理を行わなければなりません。異常行動の報告がされたから因果関係を認めろといわんばかりの報道が続いていますが、一日二日でそんな結論がでないのは当然です。ましてや、以前の統計では、統計学的な差が認められていないのですから、現在のデータで因果関係があると認める方が無理があります。断っておきますが、私は因果関係がないといっているわけではありません。因果関係があるという結論を出すのは、ちゃんとした統計的処理を待つ必要があるといっているのです。
そういう意味では、当初厚生省から出された「タミフルの服用の有無に関わらず、インフルエンザの場合、発症2日間は患者から目を離さないようにするべき」という注意喚起は極めて的を得た対応だったように思うのですが・・・。
仮に因果関係があったとして、昨今の報道のごとく、「タミフルは毒」という結論とは別問題であることもはっきり言っておかねばなりません。先ほども書いたように、当然、異常行動のリスクをとってでも、投与しなければならない症例はあるはずだからです。
それこそ、新型の強毒インフルエンザが大流行した場合、皆さんはどうするのでしょうか。タミフルを飲めば治る可能性があっても、低い可能性でおきる異常行動を起こす可能性があるから、座してインフルエンザの餌食になりますか。そんな例はいいすぎかもしれませんが、先に書いた、致死的合併症を引き起こした患者さんの死は無視して、タミフル毒説を流布する現在の報道には、問題を少なからず感じます。
タミフルを服用しなかったがために、不幸な転機をむかえた患者さんの情報が、報道機関によって闇から闇へ葬り去られることの無いよう祈るばかりです。
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