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2007/03/25

タミフル騒動

 私は職業柄やぶ医者をやっていますが、医者の端くれとして今回のタミフル騒動についての意見を。

 そもそも、インフルエンザというのは、ほんの数年前まで薬なんてありませんでした。しかし、現代の日本において、薬がなかったからといって、スペイン風邪のようにバタバタと人が死んでいったかというとそういうわけではありません。もちろん4~5日程度、高熱にうなされ、症状の軽い病気とは言い難いのですが、それにしても、死ぬ病気か、死なない病気かと聞かれれば、死なない病気というのが本当でしょう。

 さらにいえば、タミフルの効果は、発症48時間以内に飲むと、発熱期間が1日程度短縮できるというものです。したがって、発熱2日たって飲んだところで、発熱が3~4日になるっていう程度のもので、本当に効いたんだか効かなかったんだか、よくわからない話です。

 しかし、我々臨床医からすれば、ただ寝ててくださいとしかいえなかった病気に、治す手段を持てたということは、非常に大きなことです。少しでも症状が和らげることができるのであれば、また重症化を防ぐことができるのであれば、当然使いたくなるものです。また、患者さんもタミフルという名前はよく知っていて、インフルエンザとわかればぜひ出してもらいたいという患者さんはたくさんいました。医療機関によっては、インフルエンザを確認することなく、高熱というだけでタミフルの処方をするところもありましたし(やりすぎだとは思いますが・・)、インフルエンザの検査が陰性であっても(感染初期では陰性になってしまうこともある)、臨床症状からインフルエンザが疑われる場合は、積極的にタミフルを処方するところもありました。
 
 なぜ、むしろ積極的にタミフルがインフルエンザに対する特効薬として使用され、脚光を浴びることになったのか。そのエピソードをよく思い出してもらいたいと思います。
 
 数年前、インフルエンザがいかに恐ろしい感染症であるかという内容の報道がいくつも放送されました。特に、インフルエンザによる心筋症や、脳症による死亡例があるということを、また老人施設、老人病院等での集団感染による死亡例なども大々的に放送されました。特にインフルエンザ脳症はちょっとした社会問題になったような気もします。そのため脳症の発症の可能性が高まる解熱剤の併用が原則禁忌となりました。
 さらに昨今の鳥インフルエンザの問題があります。強毒の鳥インフルエンザウイルスが何らかの変異を起こして人に感染可能になる、あるいは人に対するインフルエンザが強毒化し、明日にも大流行するのではないかと報道され、東南アジアで鳥インフルエンザによる死亡例が出ると、さあ始まったぞといわんばかりの報道がされ、インフルエンザに対する恐怖心が植えつけられてきたように感じます。
 
 むしろ、インフルエンザにかかった場合、タミフルといういい薬ができたので、しっかり飲むべきだという雰囲気づくりが、報道によってされてきました。我々臨床医は、そのあたりの雰囲気に極めて敏感であり、患者さんがそれを望んでいることも強く感じました。それこそ、タミフルという特効薬があるにもかかわらず、それを処方せずにインフルエンザ脳症やら、そうでなくても重症化でもしようものなら、当然訴訟ものだったでしょう。インフルエンザで亡くなることは希で、薬の副作用を考えて処方しなかったといくら主張しても、そこにインフルエンザの特効薬があり、そこにインフルエンザで病態が悪化した人がいたのであれば、「なぜタミフルを使用しなかったのか」というのが強く問われることになるのは言うまでもありません。

 ところが現在、インフルエンザとわかれば、原則的にタミフルを処方すべきという雰囲気づくりがされてきた中で、「異常行動」という極めて奇異な副作用が報告されるようになったとたんに、「我々はタミフルという毒を飲まされている」という全く180度ひっくり返ってしまった報道がされるようになりました。副作用の可能性がある異常行動を強調するあまり、昨今の報道に、「タミフルの効用」に関する説明はほとんどありません。まして、以前報道していたインフルエンザの致死的合併症についての報道もありません。ただただ、「服用すると異常行動を起こす」「異常行動の原因はタミフルである」ということが強調されるだけです。たやすくタミフルを処方する愚を犯してはならないという反省はもちろんありますが、タミフルの効能を無視していることで、「タミフル=毒」というイメージを植えつけつつあることは、非常に疑問を感じているところです。

 私の考えはそこにつきます。つまり、タミフルは毒か薬かと聞かれれば、私は「」だと答えます。10代のインフルエンザ患者にタミフルの使用が原則禁忌となりましたが、当然「異常行動」という副作用のリスクをとってでも、タミフルを投与すべき症例はあるはずで、私はこの10代というくくりの原則禁忌は、逆に極めて危険な決定であったと感じています。
 
 また、タミフルと異常行動の因果関係については、もちろん今後の研究で「あり」ということになるかもしれませんが、タミフルを内服した大多数の人は異常行動を起こさないということと、インフルエンザそのものでも異常行動を起こすことがありうるということがありますから、因果関係ありという結論を導くためには、相当に大規模で計画性を持った統計処理を行わなければなりません。異常行動の報告がされたから因果関係を認めろといわんばかりの報道が続いていますが、一日二日でそんな結論がでないのは当然です。ましてや、以前の統計では、統計学的な差が認められていないのですから、現在のデータで因果関係があると認める方が無理があります。断っておきますが、私は因果関係がないといっているわけではありません。因果関係があるという結論を出すのは、ちゃんとした統計的処理を待つ必要があるといっているのです。
 そういう意味では、当初厚生省から出された「タミフルの服用の有無に関わらず、インフルエンザの場合、発症2日間は患者から目を離さないようにするべき」という注意喚起は極めて的を得た対応だったように思うのですが・・・。

 仮に因果関係があったとして、昨今の報道のごとく、「タミフルは毒」という結論とは別問題であることもはっきり言っておかねばなりません。先ほども書いたように、当然、異常行動のリスクをとってでも、投与しなければならない症例はあるはずだからです。
 それこそ、新型の強毒インフルエンザが大流行した場合、皆さんはどうするのでしょうか。タミフルを飲めば治る可能性があっても、低い可能性でおきる異常行動を起こす可能性があるから、座してインフルエンザの餌食になりますか。そんな例はいいすぎかもしれませんが、先に書いた、致死的合併症を引き起こした患者さんの死は無視して、タミフル毒説を流布する現在の報道には、問題を少なからず感じます。
 
 タミフルを服用しなかったがために、不幸な転機をむかえた患者さんの情報が、報道機関によって闇から闇へ葬り去られることの無いよう祈るばかりです。

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コメント

 タミフルの薬効については素人ですので良く分からない点が多いのですが、以前の持ち上げ方というのが中外製薬でしたでしょうか、研究機関に贈賄?して不利益な面を隠していたり、製造元のロシュ社の経営陣に米政府高官がいるという点が気になります。とりあえず日本に買わせたのだから、設けた後はどうでも良いという対応があるのではないでしょうか。
 必要か不要かを医師が適切に判断し、患者に説明さえしてくれたら、それが出来る環境さえあれば問題はないと思うのですが。(環境の中には医師・看護師などの方々の労働条件も含みます)

投稿: アッテンボロー | 2007/03/25 23:26

 アッテンボロー様、コメントありがとうございます。
薬について持ち上げたというのは、マスコミの話です。まあ、もちろん製薬会社も宣伝活動は相当だったとは思いますが・・。ご指摘の外資のことですが、これは相当に問題です。タミフルが今後どうなっていくかわかりませんが、もっと副作用のでている薬が、外資の薬だったりすると、なかなかその因果関係なんか認めないんです。はっきりいってタミフルの比ではない副作用がでている薬もあるのです。もちろん自主的に使いませんが、こういうことこそマスコミには取り上げてもらいたいものです。
 贈賄の件は、よくわかりません?(薬の認可を取るための治験等に対して、製薬会社から研究費が出るのはごく普通のことです。だからといって、副作用を報告しないとか、データを改ざんするということは、基本的にありません。このケースがどうだったかは??ですが・・)。異常行動というのは、そもそもそれほど頻度の高くないことですから、注目していなかった、無視していた、深く追求しなかったというレベルのもみ消しはあったかもしれません。いずれにしても、新たに統計を取り直すという話を聞いていますので、その結果しだいでしょう。
 薬の副作用については、細かなものを一つ一つ説明することは、現在の医療において無理です。メインの副作用を説明し同意を得るに留まっていると思います。異常行動は、残念ながらその細かなものの1つで(今はメインになってしまいましたが)今までに説明はなかったと思います。そのあたり、悩ましい問題ではありますが、我々も反省すべきところです。

投稿: 彰の介 | 2007/03/26 09:10

 インフォームドコンセプトでしたか、医師と患者との間で治療方針についての十分な相互理解を得る必要が言われていますよね。実は妻が明日未破裂脳内動脈瘤のクリッピング手術をします。私自身は門外漢ですので医師の説明を十分に理解しているかというと心許ないのですが、妻は以前脳外科に勤務した経験もある看護師ですので、その妻が納得しているので私も手術や血液製剤使用などの同意書に署名しました。
 私自身の場合仕事が貯金と保険のセールスマンですから、金融関係のことについては素人であるお客さんに分かるように説明する努力を怠らないように気をつけていますが、医師を始めとする医療関係者の場合はどうなのでしょうか。
 このタミフル問題でも以前の血液製剤による薬害エイズやC型肝炎伝染と同じような根本的問題があるのではないかと思います。つまり素人である患者は黙って処方された薬を飲んでいろ・使えと言う体質が残っているのかどうかと言うことです。章の介さんは多分ブログの記事の内容からすると良心的な方だと思うのですが、医師の間で章の介さんが多数派なのか少数派なのかが心配です。

投稿: アッテンボロー | 2007/04/08 22:39

アッテンボロー様、コメントありがとうございます。
奥様、動脈瘤の手術というということで、大変ですね。インフォームドコンセントは「説明と同意」等と訳されていますが、現実「医師と患者の信頼関係」といったほうが実情に合うかもしれません。
 我々が患者さんに説明する時は、できるだけわかりやすくと思うのですが、ついつい専門用語や、我々だけがわかる隠語に近い言葉を使ってしまい、患者さんはちんぷんかんぷんということはよくあることのようです。しかし、だからといって患者さんから質問されることは少なく、質問するほど理解できないことも多いと思います。私の場合、できるだけ専門用語禁止、話す患者さんには失礼と思いつつも、小学生でも理解できる言葉でということを心がけていますが、それでも、「難しいから、先生にお任せします」などといわれてしまうこともよく経験しているというのが本当のところです。
 そのあたりが、私の言う、「説明と同意」というよりは「医師と患者の信頼関係」というやつで、お任せいただけるという返事をいただくことは、私にとって、あるいは患者さんにとって悪いことでは無いような気もします。傲慢になり、ご指摘の「こちらの言うことを黙ってきいていればいい!」みたいになってはいけませんし、患者側も、できるだけ病気と治療に対する理解はしていただかないと思いますが、その上で信頼関係がもてるかどうかが本質でしょう。
 私は、個人的にはタミフルと薬害問題は別物だと考えています。もちろん今後の展開によっては、我々末梢の医師の知らないところで何が起きていたかわかりませんが、あくまで頻度ということを考えなくてはなりませんし、タミフルを飲まなくても異常行動を起こしている人がマスコミでもみ消されていますので、今結論を出すのは厳しいと思っています。

投稿: 彰の介 | 2007/04/09 09:21

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