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2008/02/29

ロス疑惑

 「ロス疑惑」、懐かしいですね(世代がばれる・・・)。
 今回、三浦和義がロス市警に逮捕されて大ニュースになっているわけですが、どうもこの「ロス疑惑」には昔から不思議に思っていることがあります。

 今回の逮捕について、日本、アメリカの違いはあるにしても、「日本で無罪となった人間を逮捕するか?」というアメリカへの非難の声があります。そのこと自体の問題点は置いておいて、一般人の私から言わせると、完全な「白」での無罪ならともかくも、いわゆる「灰色」というか「疑わしきは罰せず」というか、そういう状況での無罪であるだけに、逮捕されてもあまり同情できない面がどうしてもあります。

 「灰色だ、疑わしきは罰せず、とか言ってるけど、無罪は無罪でしょうが!!」というご批判があるかもしれません。確かに、無罪である以上、蒸し返して「灰色だ、クロだ」というのは問題があるでしょう。しかし、このロス疑惑に限っていえば、「無罪=白」とは言えず、残念ながら「灰色」と言わざるを得ません。なにしろ、「一美さん殴打事件」で彼は有罪になって、服役していたのですから。

 1981年8月31日に起きた「殴打事件」。愛人に妻を殺そうとさせた殺人未遂で、彼は懲役6年の実刑判決が出ています。そして「疑惑の銃弾」事件が起きたのが、1981年11月18日。いくら「一美、一美」と何度も叫んだと言われても、残念ながら3ヶ月前には殺そうとしている人ですから、この灰色具合はいかんともしがたいものがあります。

 「殴打事件がいくら有罪だといっても、銃撃事件は無罪なのだから、やっぱり灰色じゃなくて白でしょ!!」とまたしてもしかられそうですが、何も私は銃撃事件の判決に問題があると言っているわけではありません。無罪になったにも関わらず、「灰色だ」と言うことが問題であるのと同様、殴打事件で「有罪」となっている人間を、罪のない人間のように扱うのには無理があると言っているのです。銃撃事件の無罪は、殴打事件の冤罪を意味しません。銃撃事件の「無罪」を強調するのであれば、当然殴打事件の「有罪」も強調されなければならないと思うのです。

 ロス疑惑の不思議さ、それは、彼が無罪を勝ち取った瞬間、「有罪」の部分が社会から忘れ去られたことでしょうか。

 まあ、戦前の「疑わしきは罰する」が決して復活してもらっては困るわけですが、社会が彼に許した寛容というのも問題ではなかったのかなあと思った次第です。むろん、そのことと、銃撃事件の無罪、今回のアメリカでの裁判の行方とは、関係のない次元の話ですが・・・。

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2008/02/08

新・警察の怠慢

 以前「警察の怠慢」という記事を書いたのですが、またしても警察に怠慢な対応があったので、密かにネット上でチクらせていただきます。

 私は職業柄やぶ医者をやっているわけですが、先日病院に運ばれてきた患者のお話です。その患者さん、誰かにある飲み物(ペットボトル)をもらったらしいのですが、その飲み物を飲んだ後(2口ほど)、吐き気をもよおしたというのです。近医にいって治療を受けたようですが、吐き気が止まらず、血圧まで低下してきたとのことで、救急車で私のつとめている病院へ搬送となりました(細かいところまでは当然ながら書けませんのでご容赦を)。ちなみにその飲み物、異臭がして泡立っていたようです。

 他人から飲み物をもらい、飲んだら調子を崩したわけですから、なんか事件臭い話のように感じませんか。もちろん、事件かどうかは全くわかりません。患者さん本人の言っていることも全て鵜呑みにはできません。とにかく、捜査しなければならないでしょう。しかし、この件で近医から通報を受けた警察の対応はこれまた極めて怠慢なものでした。

 警察がとった行動は、「患者本人の容態がよくなったら話を聞きに行く」とそれだけだったといいます。担当した当直医が、当然のごとく「飲んだペットボトルを本人が持ってきているが、どうすればいいのか」と尋ねたところ、なんと

捨ててください
と答えたらしいのです。最大の物証である、このペットボトルを捨てるよう指示するのは信じられません。
 
 さらに翌日、担当医が再度警察に連絡を入れたのですが、逆に警察の方から、その患者に自殺企図があったのではないかということを聞かれたようです。つまり、他人から飲み物をもらったのではなく、本人が自殺しようとして、何らかの物質を飲み物に混ぜて飲んだのではないか?というんですね。まあ、何も捜査していないくせに、勝手な作り話をするなという話ですが、むろんその患者に自殺企図は無く、むしろ、そんな話をでっち上げようとしている警察の豊かな想像力には感心せざるを得ません。自殺でも何でもいいのでしょうが、とにかく事件にはしたくないという、警察の意図をまざまざとみせられている感じです。

 そのときの電話でも、結局その飲み物の回収の話にはならず(当然ながら、捨てずに残しておいた)、そんな状況のままでいいのかということを担当医から相談され、とにかくその飲み物だけは、警察に回収してもらうことになったというのが、今回のお話の顛末です。その後音沙汰もなく、飲み物の検査が行われたかどうかは全くわかりません。まあ、患者さんは快方に向かっていますから、適当に処理して事件にだけはしないでしょう。

 しかし、それにしても世間で毒餃子が大問題になり、毒物に関する関心が高まっているこの時期に、また、相撲部屋での力士死亡事件で、警察の初動に問題があった(事件性はないと判断した)とされているこの時期に、まあ、何もしないを絵に描いたような行動をとる警察にはびっくりです。何もしないなら何もしないで、せめて、飲み物だけでも回収しておけばよかったのにと思うのは私だけでしょうか。こちらは治療に当たっている立場なので、捜査上のことをねほりはほりすることはないわけですから、飲み物だけ回収して、警察の方で捨てればよかったと思うのです。

 結局のところ、どれほどに警察がたたかれようとも、その場で反省したとしても、末端レベルでの体質というのは全く変わっていないということでしょう。人間の本質、それは楽がしたいということで、ある意味、けなげな努力を惜しまず、仕事量を少なくしようとするその本能は、いかんともしがたいということなのでしょうか。

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2008/02/05

コレラと毒餃子と役人の能力

 毒餃子。世間はその話題で沸騰しています。
 本当は一ヶ月も前に、毒餃子が蔓延しているかもしれないということがわかっていたようですが、情報がお役所の方に上がっていなかったようです。それで、厚生労働省というか、舛添大臣が情報をあげることの徹底を指示したようですが、まあ、ことはそんなに簡単なことかどうか、ちょっと疑問を感じています。

 情報を、お役所に報告するということに関し、私の経験を2つほど。
 一つは典型的な食中毒。これは、団体で旅館に泊まっていた集団に、下痢嘔吐が大発生して病院に次から次へと運ばれたという例です。たまたま当直だった私のところに、ざっと30名ほど運ばれ、とんでもない忙しさになってしまったわけですが、これは明らかに食中毒が疑われるということで、翌日保健所に連絡しました。

 もう一つは、食中毒ではなく伝染病がらみのもので、はっきり言ってしまうと、コレラってやつです。下痢を主訴に病院を訪れた患者ですが、私は便の培養をとり、点滴をし、整腸剤等を処方して帰宅としました。しかし、二日後(だったと思います)に培養からコレラと判明してしまったのです。

 さ~て、街にコレラが出たということで、その地方の議員さんから、病院へ怒りの詰問状が届きました。「どうして、コレラの患者を、隔離せずに家へ帰したのか!」っていうんですね。まあ、確かに帰してしまったわけですが、それには理由があります。まず、症状的に重症ではなく、十分外来通院で対応できる状態だったこと、そして、コレラだという特有の症状は何もなかったこと(下痢だけ)、そして何よりも、便培養をして、それがコレラだと当日にはわからないということです。

 便培養というのは、培地と呼ばれるものに便をくっつけて、生えてくる菌を調べるものですが、それが生えてくるのに一日、さらにそれがコレラであると判定するのに、一日かかります(細かいこと忘れましたが、もう一日必要だったかもしれません)。したがって、「下痢」というだけでコレラ疑いとしていたら、毎日毎日10人も20人も隔離しなければならなくなってしまうわけです。

 コレラと判明したからには、伝染病予防法にのっとって対応しましたが、それまでの対応に不備はなかったと確信しております。たぶん。
 しかし、コレラが出たというだけで、行政も、議員さんも浮き足だって、さて誰が悪い、病院が悪い、なんで隔離しなかったんだという話になってしまうんですから、大変です。ちなみに、ご家族から病院に、容態はどうかの確認の電話がありました。そのときわかったことなのですが、患者さんが隔離されているだけでなく、実は(おそらく行政処置として感染の確認が済むまで?)家族も家から一歩も出られない軟禁状態だったようです。つまり、伝染病予防法の発動は、それ自体、大きな社会的責任を伴うものであり、ろくに知識もない、浮き足だった議員がごたごた言ってるレベルの問題ではないのです。

 たとえば、今回の毒餃子でいえば、確かに最初の患者が餃子を食べて臭かったなど、怪しいことを訴えていたとのことですが、さてそれだけで毒餃子と判断できていたのでしょうか。むろん、その機会を逃したことは、後になってみれば明らかですが、その現場の担当が私だったら、いちいち届け出ていたかどうか・・・。正直、今年の冬は下痢嘔吐が非常にはやっており、「餃子を食べたら」という言葉を重く受け取らないかもしれません。

 さらに、仮にここで毒餃子ということが判明していたとして、厚生労働省に全国規模の中毒問題をちゃんと情報を収集し、分析する能力があったのでしょうか。また、最大の問題は、安易な情報の開示は、「風評被害」になる可能性もあるわけで、その責任を、いや、そのリスクを役人がかぶる勇気があるのでしょうか。その勇気がなければ、結局情報があげられたとしても、「そんなの関係ねー」で終わりかもしれません。

 結果がわかってしまえば、それがコレラだと、それが毒餃子だとわかってしまえば、あとから鬼の首を取ったように、何やってるんだ的な文句も言えるわけですが、現実にはリアルタイムで進行する結果のわからないことに対し、早急に対応が必要なことが多いのではないでしょうか。
 上にも書いたように、今度は安易な情報開示による、風評被害が起きないことを祈るばかりです。

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