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2008/03/12

責任論だけが問題?

 さんざん、責任者が責任をとらないのが問題だと言うことをこのブログで言い続けてきてなんなのですが・・・、ただ責任論を追求するだけの、昨今の政治的な話題は、それはそれで本質論ではないような気がします。

 石原都知事の、銀行問題。現在都民ではないので関係ないような気もしますが、それにしても、あの、あの、人を罵倒するのが趣味の石原都知事が、言い訳と責任転嫁をくりかえしている姿を見ると、まあ、滑稽以外の何ものでもありません。さんざん責任論には厳しい発言をしてきたのですから、最低限、「銀行の経営に関する指示を与える権限はない」等という発言はすべきではなかったでしょう。

 テレビで編集された画面しか見ていませんので、何とも言えないのですが、都議会をみていると、石原都知事の責任論の事ばかりが質問されています。石原都知事に責任があることは間違いなく、それをとろうとしていないことは確かに問題だとは思うのですが、しかし、現実にはその責任をとったところで、何の解決にもならないような気がします。

 素人の私が言うのも何ですが、問題の本質は、「新銀行東京に、400億円の追加支援を行えば、それで銀行の経営が成り立っていくかどうか」ではないのでしょうか。つまり、追加支援を行っておきながら、やっぱりだめでした、場合によってはさらに追加支援が必要なんて言う話にならないのかどうかを見極めることが大事でしょう。責任論と言う言葉を使えば、「400億円の追加支援が、責任論の先延ばしに過ぎないのではないか」という見極めをしなければならないということです。
 この銀行に現在損失が出ていることは疑いようもない事実ですが、しかし、再生すれば元が取れるという話になれば、一応、一応、都知事や銀行に関わっている人たちのメンツも保たれるというものです。しかし、つぶしてしまったら、その時点で損失確定ですから、責任論から逃れることはできません。したがって、そんな責任論から逃れたいがための、ただの延命策なのか、根本治療になっているのか、さらにその責任を都知事が自覚しているのかどうかということを、我々に聞こえるように議論をしてもらいたいものだと感じているのです。

 日本という国は、伝統的に「問題の先送り大国」ではないかと感じています。なぜ、問題を先送りにするかと言えば、それは責任者が責任を先送りにするためであり、その結果、問題がさらに悪化するのは言うまでもありません。責任の追求は、問題の本質を論議することであり、形だけ、うわべだけの責任論追求は、結局問題の先送りに手を貸しているに過ぎない面もあるのではないでしょうか。

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