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2010/05/20

ババ論と普天間問題

 「憎まれっ子世にはばかる」と言われますが、なぜ、憎まれっ子がかえって幅をきかすようなことになるのでしょうか。おそらく、憎まれっ子というのは、他人に憎まれるような行動を取ったとしても、それに気付かないか、気にならない人であり、イヤなことはイヤと声を大にして主張するため、意外に組織から排除されにくいのではないか?というのが私の考えです。私の場合、かなりの被害妄想ですから、他人からどう思われているかが心配で心配で、仕方ありません。その点、自分の主張だけして周りからひんしゅくを買っても、それを受け流して何も関知しない「憎まれっ子」は、ある意味うらやましいとさえ思います・・・。そういう人間に生まれたかった・・・。

 しかし、そんな風に「憎まれっ子」を定義するのであれば、最も人間らしいのが、「憎まれっ子」かもしれません。自分の好きなように、思うように事を運び、イヤなことは絶対にイヤと言う。そんなことは、人間誰しもあることでしょう。
 
 さて問題は、例えば、「誰かがしなくてはならないイヤな仕事があった場合、自分が名指しされたらどうするか?」という問題です。イヤな仕事ですからやりたくないわけですが、自分がイヤだと主張すれば、その代わりに誰かがイヤな仕事をしなくてはなりません。自分はイヤなのに、他の人に仕事が回りさえすれば、別に何とも思わないような、憎まれっ子気質なら問題ありませんが、私だったら、何しろ被害妄想ですから、その仕事を受けるしか選択肢がありません。「次何かあっても絶対引き受けない、そのいいわけができた」と無理矢理自分自身を納得させるしかありません。しかし、最初から別の人に話がいったら・・・、それを奪ってまで仕事をしようとは思いませんね。そのあたり、実に心が弱い私です。
 
 過去記事にも書いたことがある例を出しますと、・・・・中間管理職が10人程、下っ端がたくさんいる組織の中で、明らかに中間管理職の一人がやらなければならないイヤな仕事があったのですが、結局、中間管理職の方々は、その仕事を、下っ端の一人に押しつけてしまいました。中間管理職の方々の中で、「私がやる」と手を挙げた人は皆無であったでしょうし、誰かに押しつけるのは気が引けるので、最もいい解決法として(中間管理職の誰一人傷つかない方法として)、下っ端に押しつけたのでしょう。

 人間社会のイヤなところとして、じゃあ、私のように頼まれた仕事を受ける人間が評価されるかというと、現実には、「つけ込まれること」が多いわけです。「あいつなら文句を言わないだろう」って感じで、あれもこれもとやられるわけです。いい組織の場合は、上司自ら仕事をこなしますから、自然と下もそれにならいますし、ならわず仕事をしない人間は、ただただ評価を下げるだけです。これが、上記のようなどうしようもない組織の場合、まさに悪循環になってしまい、下っ端に仕事を押しつけるしか方法がないわけです。
 まあ、ただ、つけ込まれにも、なんとか頑張って踏ん張っていれば、いつか報われる日が来るというのが、40年弱の人生を過ごしてきた私の結論なのですが、しかし現実「つけ込まれ」をされる瞬間瞬間というのは、腹が立って仕方がないわけですし、そのうち報われる・・・なんて考えられるわけがありません。

 上記の話と、昨今の普天間基地問題を一緒にするのは問題がありますが、私の気持ちは上記の考え方と基本的に変わりありません。どういうことかといえば、「沖縄の基地負担軽減」に賛成なのであれば、自分の家の隣に米軍が来てもやむなしと考えるのが筋ではないかということです。沖縄の負担軽減には賛成だが、自分の地域以外のところに移転してほしいという現在の世論(?と呼ぶべきかどうか)というのは、まさに憎まれっ子気質そのものであり、これも過去記事記した、「ババ論組織を批判したけれど)」そのものということになるのでしょう。誰かがババを引けば、問題を解決できますが、誰もババは引きたくないわけです。

 このババ論の感心しない解決方法はいくつかあります。例えば先に挙げた中間管理職の例でいえば、「下っ端に仕事を押しつける」であり、一般的ババ論事例で行けば、「黙んまりを決め込む、誰かが生け贄になるのを待つ」ということになります。今回の普天間基地問題であれば、結局のところ「政府の対応が悪い、鳩山が悪い」と訴えることで、「自分の地域には引き受けられない」ことを覆い隠している様な気がしてなりませんが、私的には全く感心できません。

 私はこの際、筋を通した方がいいと思います。問題の一つは、軽々に「沖縄の負担軽減」を口にすることです。もし、本気で沖縄の負担軽減を考えるのであれば、家の隣に米軍が来ても仕方無しとするべきです。私は個人的に、家の隣に来てもやむなしと考えております。地域からは非国民扱いされるのでしょうが。
 もし、家の隣に米軍が来て困るというのであれば、

沖縄の皆さん、これからも基地負担をよろしくお願いします

と、沖縄の皆さんにお願いするべきでしょう。国の対応が悪いとか人のせいにするのではなく(別問題)、自分には受け入れ不可能であることを認めるべきです。
 そう考えると、徳之島の町長さん方」の対応が大変気になるわけです。徳之島は、はっきり言ってババを引かされそうになっているわけで、こちらも軽々な発言は問題ですが、あえて、誤解を恐れつつ・・・私の考えを書かせてください。沖縄の市県議団が徳之島を訪れたとき、徳之島の2町長が面会謝絶したのは大変問題があったと考えます。

 私の考えから言えば、徳之島から「今後も沖縄でお願いします」と言うべきところですが、まあ、そこまでの発言はできなくとも、受け入れができないということは伝えるべきだったでしょう。なにしろ、国が押しつけに来たわけではなく、その当事者が来ているのですから。これを面会謝絶となると、「基地は沖縄が負担してればいいんだ!!」と言い放ったに等しい意味があると私は考えますので、それは問題があったと考えるわけです。もちろん、話し合いを持つということに、受け入れ前向きと取られる要素もあるでしょうから、難しいとは思いますが、筋を通すという意味での私の意見は、会って断るべきだったと思うわけです。

 私の意見は、人間味のない極端な意見かもしれません。ただ、米軍の問題は、国民の問題であって、沖縄の問題ではないと思いますから、自分も当事者意識を持つべきだと考えた次第です。

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