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2011/01/16

東海道中雪景色

 今住んでいる静岡県某所から、本日実家の岐阜まで帰って来ましたが、静岡が快晴だったのに対して、岐阜はとんでもない大雪になっていました。ニュースなどを見ていると、日本海側や、東北、北海道が大雪で、太平洋側は晴れていると思っている方も多いかと思いますが、太平洋側であって結構雪が降るのが、岐阜や名古屋ということになります。

 という話をしても、最近岐阜県のイメージが世界遺産の「白川郷」という方が多いので、「雪降る県じゃないの?」と思われる方も多いかもしれません。しかしながら、岐阜県中あの合掌造りの里が広がっているわけがなく、白川郷や飛騨高山という観光地は飛騨地方という山間部になります。私の故郷の岐阜は濃尾平野のまちであり、明らかに太平洋側なのです。

  しかし、どうして太平洋側岐阜近辺で、しっかり雪が降るのかといいますと・・・、私が知るよしもありません・・・。伊吹山が微妙に低く、雪を降らし尽くす前に太平洋側に雪雲が流れてきてしまうとか、乾いた空気が琵琶湖でまた湿気をもってしまうとか聞いたことがありますが、真偽の程はわかりません。ちなみに地図をよく見ると福井あたりから名古屋にかけては、本州の中ではかなりくびれていて、あまり距離がありません。そのあたりが関係しているのかなあと私は漠然と考えています。

 ところで、新幹線で静岡県を横断しましたが、途中まったく雪はなく快晴でした。浜松あたりでやっとパラパラ程度雪が舞っていましたが、積もるようなものではありません。愛知県に入り、豊川を超えたあたりで雪がしっかり降り始め、一面白くなってきました。そして、豊橋を過ぎるあたりでかなり雪の降り方が強く、積雪も高くなり、名古屋では10cmくらい積もっていたのではないでしょうか。

 これがまた、名古屋から岐阜に向かうと、どんどん積雪が増していき、木曽川を渡るととんでもない雪景色になっていたというわけです。私はそこで終了ですが、さらに長良川、揖斐川を渡り、大垣から関ヶ原となれば、積雪は尋常ではなかったでしょう。おかげさまで新幹線が大幅に遅れていたわけですが、毎度毎度新幹線が雪で遅れるのを岐阜県のせいにされるわけで、心が痛みます・・・。

 この記事を書いている現在、ざっと我が家の積雪は25~30cmといったところでしょうか。明日車を使って職場に行けそうにありませんが、休むわけにもいかず、1時間近く雪道を歩くことになりそうで、今から気が滅入っています・・・。せめてこれから、南国でバカンスを楽しむ夢でも見られればいいかなあ??と感じている、私、彰の介でした。

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2011/01/06

スズメの話

 私の実家は単なる田舎ですが、田舎と言っても昔一面に広がっていた田んぼにはほぼ建物が建ちました。田んぼにいたカエルはほぼ絶滅し、魚を捕っていた用水路は、三面コンクリート化されてからは、全く姿を見なくなりました。家の外灯にはアマガエルがたくさん来て虫を食べていましたが、そんな光景は今や昔です。

 私は自然大好き人間なわけですが、そんな故郷の状況が残念でなりません。ですから、過去記事にも書いてきたように、自然回復プロジェクトには大変興味があり、その象徴としてのトキやコウノトリの放鳥、「ザ!鉄腕!DASH」のDASH海岸のコーナーなど、たいへんわくわくしながらその経過を見てるわけです。

 と、いかにも自然派を装ってみましたが、興味があるのはおもに水辺の生き物だけのエセ自然派の私です。そんな関係で、今まで「野鳥」に興味を示すことは、家に巣をかけていたツバメ以外(ツバメの巣の今昔)、ほとんどありませんでした。
 
 ところが、つい数ヶ月前、何の気なしに「あの小さな白い鳥はなんだろう」と思い、図書館で鳥図鑑を借りてきてぺらぺらとその図鑑を眺めているうちに、「野鳥」にはまってしまいました・・・・(まるで少年・・・)。その小さな鳥は「ハクセキレイ」という鳥だったようですが、そんなことはどうでもよくて、日本にはこんなにたくさんの種類の鳥がいるのかと思い、そういえば最近身近にいた鳥たちもいなくなったなあ・・とつくづく考えてしまったわけです。実家でも春になればウグイスが鳴いたりしていましたが、いつのまにかそんな鳴き声も聞かなくなりました。庭の木にモズのはやにえが突き刺さっていたこともありますが、もう長いこと見ていません。

 そんなこんなで、野鳥のことをいろいろ調べたりし始めていたわけですが、私にとっては衝撃的なニュースが飛び込んできました。人間に最も身近な鳥である「スズメ」が激減しているというのです。ちょっと前に、NHKの番組でもスズメが取り上げられていましたが、スズメもかなり受難の時代を迎えてしまったようです。私にとってスズメなんていて当たり前の何の興味もない鳥だったのですが、「激減」とのことで急にいとおしく思えてきました。

 スズメ激減の理由はいろんな説があるようですが、隙間のない近代住宅の増加による、巣作りの場所の減少がいわれているようですし、自然の減少による昆虫の減少が原因かもしれません。
 今までスズメには全く興味がなかった私ですが、「そういえば、実家でもあまりスズメを見なくなったような・・・」という心配が非常に強くなったのです。そんな気持ちで、昨年の年末実家に帰り、近所でスズメの捜索を行うことになったわけです。

 あえてスズメを探すという行為をしたことがなかったわけですが、ちゃんとスズメは生きていました。隣の家の小さな柿の木に、集団で10羽ほどがとまっていました。大晦日?には雪が降って一面真っ白になりましたが、そうしたら、スズメの集団は30羽ほどに増えていて、近所の数本の木を行ったり来たりしていました。これらのスズメがこの近所に住むスズメばかりでは無いかもしれませんが、それにしても、カエルやフナのように絶滅していなかったことを確認してほっと胸をなで下ろした次第です。

 ということで、前回記事神棚のお米につながるわけでして、この神棚のお供え物のお米をスズメのえさにしようと考えたのは、こんな気持ちがあったからというのが真相だったりするわけです・・・。一握りもないような量のお米ですから、ちゃんと見つけてくれるのだろうかと心配になりましたが、年始に家族旅行に行き、帰ってみると、お米は一粒も残っていませんでした。ただ、お米を置いた庭石に、鳥の糞らしきものもあったのですが、結構大きくてスズメの糞とは思えません。この糞の主がお米をついばんだとしたら、残念ながらスズメではなく別の鳥だったということになります。ヒヨドリかムクドリだったかもしれません。

 ということで、スズメは住宅難らしいので、巣箱でも掛けようかと考えている私です。でも糞をしたりと汚いでしょうから、母も妻も反対するだろうなあ・・・、おっと、これを逆手にとって、嫁姑問題を解決してみようか・・・、生兵法は大けがの元・・・・か。

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2011/01/04

神棚のお米

 新年明けましておめでとうございます。
 本年も「彰の介の証言」をよろしくお願いします。更新がどれくらいできるかわかりませんが、期待せずお待ちください。誰も期待してないか・・・。

 さてさて、正月早々、風邪をひきました。これを俗に「やぶ医者の不養生」と言うわけですが、私もやぶ医者の前に人間という生物なのでしょう。最初にのどがやられ、徐々に咳がひどくなってきています。今年の風邪は、咳のひどい人が多いように感じます。皆様にはくれぐれも風邪などひかぬようにお気をつけ下さい。どう気をつけるか・・・、ということを私が語ったとしても、全く説得力がないのですが、まあ、愛する家族に風邪っぴきがでたら隔離することでしょう。私は妻を愛しているが故に離れることができず、うつされました・・・。

 ところで、正月は実家に帰ることができたのですが、私に与えられた仕事の一つに神棚の掃除というものがありました。神棚には、お酒とかお米とか塩とか水とかがお供えがしてあるわけですが、それを取り替える作業ということになります。以前は父がやっていましたが、他界した後はその役が私に回ってきました。

 そしてここに一つのどうーでもいい問題が起きるわけです。
 お供え物の取り替えですから、元々お供えしてあったお酒などは当然捨てるわけですが、「お米」に関してだけは、母が「食べるから残しといて・・・」と言うのです。一年間野ざらしにされた??お米ですが、母は戦中生まれで、食べ物を大切にするというごく当たり前な考えをもっており、さらに神様のお供えですから捨ててはいけないと考えているのでしょう。仏壇に供えるいわゆる仏飯も必ず食べます。私自身はそういう環境で育ってきているので、それが当たり前だと思っていました。

 ところが、こういうことに大変敏感に、そして強く拒絶反応を示す人物がいるのです。まあ、要するに、私に風邪をうつした、私の愛する人物です。仏飯を食べるという行為が信じられないといい、母が誤って??仏飯を普通の炊いたご飯に混ぜようものなら、ご飯は一口も食べないわけです。もちろんその流れで言うと、この神棚に放置された汚い??お米を、普通のお米と混ぜて炊いたと知れば、決してご飯を食べないでしょうし、炊いてと頼まれれば、この米を捨ててしまうでしょう。

 要するに、捨てようが食べようが、私自身は正直どーでもいいことではありますが、これを世間では「嫁姑問題」と言いまして、一歩対応を間違えると、間に立ってる私が大変な思いをするわけです。

そして、ここは穏便に解決しよう・・・と策を考えたあげくに出した答えが、

「(神棚のお米を)スズメのえさにしよう!」

というものだったわけです。
 これまた、よく考えてみれば、全く解決策にはなっておらず、こういう解決が許されること自体、上記問題が、ただただ私の被害妄想的嫁姑問題であるということがよくわかるというものです。と、今になって考えればそう思いますが、その時はそれなりに必死に「言い訳」を考えていたのです。

 すなわち、「愛する彼女を思えば、神棚のお米を食べるという選択肢はありえない。しかし、お供え物を捨てるという行為も、心が痛む。むむ、そういえば、アンデス?では、鳥葬というものがあって、死者をコンドルに食べさせて天上の世界に運んでもらうという風習があるじゃないか。そうだ、このお米を鳥に食べてもらって、私の気持ちを天上に運んでもらおう。神棚には「雲」とか書くし・・・。」
 全く持って、でたらめです。

 ついでに言うと、年末年始の忙しさの中、このお米が無くなったとしても、母がそれに気付くことはない(忘れる)だろうとたかをくくっていました。おいおい、だったら単純に捨てれば良かったわけで・・・。
 本当に私の人生は、でたらめの極致です。ね。

 と言うことで、庭石にお米を置いて終了。見事に対立を未然に防ぐことに成功しました。後はスズメが食べてくれれば証拠隠滅、完全犯罪成立です。ちゃんとスズメが見つけてくれたかどうかについては、また明日ということで。

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