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2013/02/23

新平等主義 「バカにバカと言える社会」-序-

 久しぶりに、まじめな社会ネタを考えておりましたので、数回連載しようと思います。

 一応、評論家っぽく(私は評論家でではない)、書店に並ぶ本のように逆説的で過激なタイトルをつけてみましたが、一体何を語ろうとしているのか、或は、これからの話の展開の想像がつくでしょうか。

 平等主義というのですから、一応平等について語ろうとしていることはおわかりかと思いますが、バカに向かって「バカ」と言ったら、平等も何も、むしろ差別的で倫理上の問題がありますね。うがった見方に慣れている方ですと、誤った平等論を唱えるバカには、「バカ」と言ってやった方がいい・・・なんて、考えていただけるかもしれませんが、残念ながらそんな話でもありません。タイトルそのままに、頭の悪い人や、能力のない人に、「バカ」と言えることが平等だと言いたいのです。インターネットの片隅で、おびえながら独りごちてきた私にしては、刺激的ですね。

 もちろん世の中、一つの意見が絶対的に正しいなんてことはあり得ません。私が言おうとしていることも、極めて相対的です。ある状況下で、ある時間のみ、方向性として私の言う「新平等主義」は成り立つのでしょうが、それが行きすぎれば訂正しなくてはなりません。或は、常に私の言う「新平等主義」は正しいのですが、常に誤っているとも言えます。結局、バランスの問題、線引きの問題であり、世の中が、私の考えている事と明らかに逆に動いている時は、大いに成立する考え方だと確信しています。

 余計に何が言いたいかわからなくしたところで、少しずつ話をしていきましょう。私が何を考えているかと言えば、それは、「新自由主義」ってなんだろう?と思ったことから始まっています。

 漠然としたイメージとして、この新自由主義という言葉は、なんか怖そう・・と感じていました。勝ち組とか負け組なんていうキーワードで話されることもあり、社会を二分化してしまう思想だとすれば、あまりいい感じはしません。或は、格差社会が叫ばれる中、この新自由主義が格差をうんでいると言います。まさに勝ち組、負け組ですね。

 しかし、その新自由主義なるものを紐解いてみると、例えばWikipediaをみてみると、自由貿易、規制緩和、民営化などを推し進める考え方でもあるようです。今まで、なんとなく、いいイメージを持ってきた、これらのキーワードが、格差社会をうんでいるとしたら、それこそ頭の悪い「バカ」な私には、むむむ??となって、全く理解不能となってしまいました。

 そんな頭の悪い私ですが、少しずつ新自由主義を読み解いていって、その問題点と現代社会の矛盾を考えていったのが今回の「新平等主義」です。その一端を今回予告的にお教えします。(新自由主義のキーワードを『』でくくってみました。)

 新自由主義の一側面をキーワードでいいますと、『自由競争』という言葉が挙げられます。既得権益に守られてきた社会を、『規制緩和』や『民営化』によって、誰もが自由に戦える場に変えます。そして、アイデアをぶつけ合い、懸命に働いて、勝ち抜いたものが勝者となる、『努力したものが報われる』社会、それが新自由主義の目指す社会の一つと言えるでしょう。

 どうですか、新自由主義社会はバラ色でしょう。アイデアを出せず、働く努力を怠ったものが敗者となる、まさに『自己責任』の社会です。全く間違っていません。人間の人間としての本能そのものであり、この考え方が否定されたら努力も何もしなくなります。

 しかしどうなんでしょう。
世の中には、アイデアなんて出せない「バカ」や、努力できない「バカ」がたくさんいませんか。一人一人の人間は、全く能力が違うのに、同じ土俵に上げられ相撲をとらされたら、「バカ」が負けるのは当たり前ではありませんか。もしかして、新自由主義者は、自分が勝つということをわかっていて、「バカ」な人間たちを同じ土俵に上げようとしているだけではありませんか。

 「自由」や「能力主義」のもとの「平等」は平等のようで平等ではなく、「バカ」には、はっきり “おまえは「バカ」だから” と言ってあげて、競争を和らげる方向で規制をかけてあげた方が、すなわち、ある程度のハンデをつけた方が、真の平等と言えるのではないでしょうか。これこそが、今回私が提唱する「新平等主義」なのです。

 とまあ、こんな予告を出してしまうと、「そんな話ならよっぽど新自由主義の方がまともだ・・・」と言われそうな気もしますが、これから数回にわたって(たぶん)、この「新平等主義」をお話ししていこうと思います。少しは世の中の見方が変わるのではないかと思っておりますが、無理かな?。

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コメント

平等という言葉を選択した時点で相当物の見方を絞り込んでますよね。
絞り込むというとよさげなイメージだけど、見えてくるものに限界をもうけた、という事。

これで既に、あなたの目の前に開ける世界のが見えてくるのでは!?

目玉の可動域が狭くなってるだけの話。

頑張ってください。

投稿: ebi | 2013/05/12 15:29

ebi様、コメントありがとうございます。
ふむふむ、なるほど。
平等という言葉を使うことによって、視界が狭くなるとうことですね。考え方に限界がでてくると。
私は頭が悪いので、言わんとされていることをちゃんと理解していないかもしれませんが、全く逆も言えるのではありませんか?。「平等という言葉を使った時点で視野が狭くなる」という固定観念で視野を狭くし、私の駄文を読まれている可能性はありませんか?。
平等という言葉に対する考え方は、それはもうありとあらゆる方向に広がっているわけで、おそらくそのほんの一部を私が平等という言葉を使って書き表したに過ぎないのでしょうから。
まあ、そんな私の言い訳はともかく、あまりいじめないで、バカには具体的なご指摘をぜひお願いいたします。

投稿: 彰の介 | 2013/05/12 23:14

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