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2013/08/15

新自由主義の段階的荒廃論 解説①

 前回、新自由主義の「悪意」について、その発生時期を段階論としてまとめてみました。主義主張の一貫性という意味では、成熟した成功者(新自由主義者)であっても、常に激しい競争にさらされ続けなければならないわけですが、一旦力を得た新自由主義者は、その力を確保するためよからぬ方向へと歩み出してしまうような気がします。

 今後数回、ちょっとした例を挙げて、この新自由主義の段階的荒廃論を順番に説明したいと思います。説明内容については、わかりやすくを旨としておりますので、経済学的には若干の誤りがあるかもしれません。細かいことに関しては、ご容赦いただきたいと思います。

 さて、下の図です。わかりやすく説明するため、自分が地主になったつもりで考えてみて下さい。ある同じ広さの土地を、Aさん、Bさんに貸して、ジャガイモを作ってもらいました。

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 Aさんは必死に頑張ってジャガイモを1,500個収穫したのに対して、Bさんはサボっていたのか500個しか収穫できませんでした。例えばの話ですが、このジャガイモを売った収入が20万円あったとして、地主たるあなたは、Aさん、Bさんにこの20万円をどのように分配しますか?

 「オイオイ、そんなの決まっているじゃないか、1,500個と500個の収穫なのだから、当然Aさん15万円、Bさん5万円に決まっとる!!」

と思った皆様、立派な新自由主義者として認定いたします(笑)。いわゆる前回提唱した能力主義的新自由主義の段階です。もちろん今までに何度も書いてきたとおり、上記のように完全能力制で考えてしまうことは、ごく普通のことであり、社会通念上当然とされていることですので、レッテル張りではありません。むしろ、収穫量に関係なく、平等に10万円と10万円を配分すべき・・・と考えた方がいたとしたら、(要するに、社会主義的な考え方ですが)、ちょっとおかしい、お花畑様としか言いようがありません・・・。言いようがありませんが、一応両論(①15万円と5万円の配分、②10万円と10万円の配分)の考え方を、新自由主義的及び新平等主義的な考え方を元に説明します。

 AさんもBさんも能力は同じであり、「努力の差」が収穫量の差につながったと考えるのが、新自由主義的な考え方です。「努力の差の絶対値」が収穫量の差という、この考え方は非常にわかりやすいと思います。

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 一方、AさんとBさんには、そもそも能力差があって、さらに、それぞれ努力できる最大値も違っているというのが、今まで表題としてきた新平等主義的な考え方です。理想的(お花畑的)に、AさんもBさんもそれぞれ各人に可能な最大の努力をしたと仮定すると、「能力差+努力できる最大値の差」が収穫量の差と考えることができます。AさんもBさんも、それぞれ能力に応じて最大の努力をしたわけですから、「努力の差」はない(努力した割合に差はない)と考えることができ、収穫量に関係なく給料を同じに・・・というのが、10万円と10万円の配分の根拠となります。

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 現実には、どちらが正しいと言えるでしょうか。おそらく、AさんとBさんの間には、上記の通り、絶対的か割合的かはともかく、努力の差があると思われるのですが、残念ながら、収穫量以外の数値は能力差を含めて全くわかりません。それぞれどの程度の能力があり、それぞれどの程度努力したのか、それは全くのブラックボックスということになります。したがって、両論①②ともに、仮定に根拠が無く、努力しただのしないだのという理屈は全くの想像に過ぎませんから、どちらも正しいとは言えません。わかっているのは、歴然とした収穫量の差だけです。

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 こんな時、新自由主義的な考え方と、新平等主義的な考え方が綱引きを始め、丁度釣り合ったところで給料は決まるのでしょう。例えば、基本給を6万円くらいとして、残りを能力給として、結果12万円と8万円に分配する・・・・なんてところで落ち着くのが最も現実的なところだと思います。納得いただけませんか?。

 実際の会社等では、ほとんど年功序列であり、実力差があったとしてもボーナス時の査定くらいしか給料の差はないわけですから、能力差よりも、ず~っと小さな給料差で社会は成り立っているはずです。つまり、今回の件について、実際には、10万円と10万円という分配に、より近い状態で多くの人が納得して働いているにもかかわらず、15万円と5万円に分配するべきと考えた人が多いであろうことは、ある意味錯覚であり、非常に不思議なことと考えることができます。

だからこそ、もしAさんが、

「能力だの、努力だのどうでもいいです。結果として収穫量3倍を実現しているのだからその割合通りの給料がもらえないこの世の中はおかしい!!」

と主張したとすれば、「そうだよなあ・・・」と思うのが普通なのです。

 さて、これからAさんが真性の新自由主義者へと変貌していきます。そのあたり、次回、また図を使って語っていきたいと思います。

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